「本当に終わっちゃったんだな」――最終回をスタッフと共に見届けた今の気持ち
――約1年にわたってトモロウとゲッコーモンを演じ、ついに最終回を迎えました。まずは今のお気持ちを聞かせてください。
入野
寂しいですね。「本当に終わっちゃったんだな」って。収録自体は終わっていましたけど、放送が続いている間は、まだずっと『DIGIMON BEATBREAK』が続いている感覚があったんです。でも今日、みんなで最終回を見て、「この1年間やってきたものが、これでひと区切りなんだな」と実感しました。もちろん、この先も何かあったら嬉しいですけど、今は寂しさがこみ上げています。
潘
来週から日曜日に『DIGIMON BEATBREAK』がないことを、まだ実感できていないんですよね。みんなで最終回を見られたこともあって、まだちょっと不思議な感覚というか。余韻ひたひたです。
本当はもっと続いてほしかったですし、願わくば続編もあってほしいですけど、これだけ気持ちよく最後を迎えられたことへの晴れやかさもあります。エピローグでもあり、これからにつながるプロローグでもあるような、最終話だったと思うんです。
何より今日は作り手の皆さんも一緒に見ることができて、終わったあとのスタッフさんたちの少しホッとした表情を見たときに、『DIGIMON BEATBREAK』という作品が、ひとまず無事に一区切りを迎えられたんだな」と安心しました。
――物語としては、ここから人間とデジモンが共に生きていく世界が始まる、という最終回でもありました。最終回の台本を最初に読んだとき、お二人はどんなことを感じましたか?
入野
やっぱり「1年間やってきたからこそ」というのは、ずっと言い続けると思います。トモロウは、ずっと兄を取り戻すために走ってきた。その思いを抱えて1年間進んできて、最後にようやくアスカの手を掴むことができた。第1話では掴めなかった手を、ここでちゃんと掴めたことにすごくグッときました。
トモロウの中にずっと残っていた傷のようなものがあって、そこから始まった物語だったと思うので、「本当によかったな」と。最初に台本を読んだときも、そこは一番大事なところだと感じましたし、今日完成した映像をみんなで見て、改めて「本当にいいアニメだな」と思いました。

潘
世界そのものが危機的な状況にある中でも、やっぱりトモロウがアスカの手を掴むところが印象に残っています。きっとそれまでは、アスカのほうがずっとトモロウに手を差し伸べ続けてきたと思うんですよ。それを49話かけて、今度はトモロウが掴む。抱き止める。本当にグッとくるものがありました。
キービジュアルでも、トモロウとゲッコーモンがそれぞれ手を伸ばしているじゃないですか。一人で両手を伸ばすんじゃなくて、二人でアスカを掴もうとしている。その姿を見ても、「この二人がパートナーでよかったな」と思います。この二人だからこそたどり着けた形だったんじゃないかなって。
最初はトモロウとゲッコーモンの二人から始まって、そこからグローイングドーンというファミリーと出会っていった。そんな彼らが世界を変えていく。人間とデジモンが共に暮らせる世界を描く中で、あれだけ光のある未来へたどり着けたことに、すごく多幸感がありました。
誰もがデジモンと一緒に生きていいんだと言ってもらえたような感覚もありましたし、一方ですべての問題が解決したわけではない。デジモンに関わる犯罪は残っているし、クリーナーも存続している。その現実も描きながら、それでも「世界は変わっていくかもしれない」と思わせてくれたことにグッときましたね。

変わらないゲッコーモンが、トモロウを変えていった
――約1年間トモロウとゲッコーモンを演じてきて、最初にそれぞれの役と向き合った頃と比べて、キャラクターへの印象はどのように変わりましたか?
入野
もう、まるっと変わりましたね。やっぱりこれはトモロウの物語だったんだと思います。
ひとつのテーマとして「自由」というものがありましたけど、トモロウは自分の感情をちゃんと言葉にするようになった。それこそ文句を言うことひとつにしても、最初はできなかったと思うんです。それが自然と自分の感情を表現できるようになっていった。
特にアスカとのシーンで、「全部正直に話してほしかった」という不満も言うし、それでも「そのおかげでみんなに会えた」ということも伝えられた。心をオープンな状態で話せるようになったことが、トモロウの大きな変化だと思います。

人と関わること、人を頼ることができるようになったし、人のために動くこともできるようになった。最初の頃はとにかく孤立していて、どこか閉鎖的。あまり人にも興味がなかっただろうし、世の中に対しても諦めているようなところがあったと思うんです。それが、こんなに立派になったんだなって。演じている最中はそこまで意識していなかったですけど、今振り返ってみると、本当に大きく変わったと思います。
――ゲッコーモンとの関係性も、最初の頃とは全然違いますよね。
入野
全然違いますね。本当にいいパートナーになったと思います。
潘
だって、最初は名前を呼んでくれなかったですから(笑)。
入野
そうそう。「お前」とか「こいつ」とかね(笑)。
潘
第1話なんて、敵なのかと思われていたくらいだったじゃないですか。そこからここまで一緒に歩んでこられた。幸せですよね。

――潘さんは、ゲッコーモン自身の変化や成長をどう感じていますか?
潘
ゲッコーモンって、一貫してずっと自由だったんですよね。生まれたときからそこら中を駆け回っていて、本当に自由。でも、それはトモロウの合わせ鏡の部分でもあったんじゃないかなと思っています。
ある意味、変わらないゲッコーモンがトモロウを変えていったようなところもあって。ゲッコーモンはトモロウから生まれた存在なので、最初の進化のときも「なんで何も言ってくれないんだ」とトモロウに思いをぶつける。その姿に、トモロウ自身が過去の自分を重ねているところもありました。だからゲッコーモンは、トモロウが表に出せない感情の代弁者でもあるし、それを自由に体現できる存在でもあるのかなと。

戦いに対する不安や、「また黒い感情に飲まれてしまうかもしれない」と感じることはあっても抗いながら、一貫して「負ける気がしない」という自信も持っていた。それはきっと、トモロウがいて、トモロウを信じているから。だからずっと自由でいられたんだと思います。
――そのゲッコーモンが、第48話ではかなり追い詰められていました。
潘
ゲッコーモンが、変化によって閉じこもってしまったのは、たぶん第48話なんですよね。唯一と言ってもいいくらいかもしれない。

そこまではトモロウとぶつかり合いながら、同じ方向を向いて歩んできた。でも、キョウとムラサメモンのことを経て「自分がトモロウを守らなくちゃ」と思うようになっていった。そこがゲッコーモンにとってひとつのターニングポイントだったと思います。
その結果、自己犠牲という形でトモロウを救おうとした。それは決して正しい救い方ではないけれど、ゲッコーモンにとってはひとつの成長とも受け取れるのかなと思いました。
――演じる側としても、かなり苦しい回だったのではないでしょうか?
潘
苦しかったです。でも、あの感情は自分一人から生まれたものではなくて。やっぱり自由さんのお芝居というか、トモロウの想いが込められた声にあったと思います。たとえ暴走して姿がアトラタスモンになってしまっていても、トモロウはずっと「ゲッコーモン」と呼んでくれるんですよね。だから私の中にも、ずっとゲッコーモンの感情がありました。1年間を通して、自由さんのトモロウに「ゲッコーモン」と呼んでもらってきたからこそ、苦しい場面も乗り越えられた実感があります。

「トモロウとゲッコーモンである関係は、一生つながっていく」
――お二人自身も、パートナー役として約1年間一緒にアフレコをされてきました。最初の頃と今とでは、お互いへの印象も変わりましたか?
入野
変わったと思います。それまでにも別の現場で一緒になることはありましたけど、パートナー役としてがっつり組むことはなかったので、最初は潘ちゃんがどんな人なのか、そこまで知らなかったんです。実際に一緒にやってみたら、まずデジモン愛がものすごく強い!僕ももちろんデジモンは好きですけど、「好き」という言葉を超えた何かを持っているんですよね(笑)。そこに頼もしさを感じました。
アフレコを見ていても、いろいろなアイデアやプランがある。でも、それが意地になることはなくて、監督から「こうしてほしい」と言われたことにも柔軟に応えていく。そういう柔軟性も含めて、ゲッコーモンを演じる潘ちゃんは魅力的でした。それに現場を引っ張る力もある。誰一人こぼさないように、みんなに気を配っている姿も印象的でした。トモロウというキャラクターに対しても、僕自身に対しても愛情や信頼をすごく感じていたので、僕もそこに応えていかなきゃいけない、正直に向き合っていこうと思いました。この1年、一つひとつが思い出ですし、僕自身は潘ちゃんにすごく引っ張ってもらった感覚があります。
この先、別の現場で会うこともあると思いますけど、ゲッコーモンとトモロウであるという関係は、たぶん一生つながっていくものなんですよね。他の現場で会おうが、どこで会おうが。そういう関係性を作れることってなかなかないので、本当に一生ものだと思います。

――潘さんはいかがですか?
潘
いや、もうこちらこそすぎます(笑)。今回、自由さんのお人柄を改めて実感することがたくさんありました。番組のTシャツを着てきてくださることひとつを取ってもそうですし、みんなでご飯に行ったり、ボウリングに行ったりするときにも参加してくださって。
お芝居でも、みんなとの集まりでも、私が「こういうのはどうですか?」と提案したことに対して、いつも気持ちよく「いいよ」と返してくださるんです。私はそこにずっと甘えさせてもらっていました。
それ以前にも、自由さんが座長の現場に参加させていただくことはあったんです。でもパートナー役は初めてで。それでも最初から大きな信頼がありましたし「自由さんがパートナーなら、どこまででも一緒に行けるし、ついていきたい」と思いながら現場に入りました。自由さんのトモロウって、本当にずっと“リミットブレイク”なんですよ。感情にリミッターがないというか。
入野
それは若い頃に、山口勝平さんから教えてもらったんですよ。16、17歳くらいの頃だったかな。『アイシールド21』をやっていたときに、「もっと先までいけるのに、自分でブレーキを踏んでる。自分の中で限界を作ったらもったいない!」ということを言ってもらったのを覚えていて。当時はとにかく「まず大きい声を出してみる」みたいなところからでしたけど(笑)、そういうことは先輩から教えてもらいました。
潘
それって、ちょっと『DIGIMON BEATBREAK』みたいですよね。誰かから受け取ったものを、また次の誰かに渡していく。人って、どうしても想いが尽きてしまったり、人のために頑張れなくなったり、自分と向き合えなくなる瞬間があると思うんです。でも自由さんには、そういう瞬間をあまり感じたことがなくて。「どこまでも想いがある人なんだな」「愛情の人なんだな」と思っていました。
トモロウがゲッコーモンにかけてくれる言葉は、皮肉でも怒りであっても、その全部に愛情があることが分かるんです。だから私は、その思いに応えたかった。「ついていきたい」と仰って下さいましたけど、むしろ私のほうがそこに応えたくて。トモロウの、そして自由さんのパートナーであることに恥じない自分でいたかった。この現場でできることなら、トモロウのためにも、自由さんのためにも、みんなのためにも、何でもしたいと思わせてもらえる1年間でした。

食卓を囲むことで生まれた“ファミリー”のような現場
――これまでお話を伺ったキャストの皆さんからも、アフレコ現場の温かい雰囲気についてたびたびお話がありました。お二人は、この1年間の現場をどのように感じていましたか?
入野
「自分たちがそういう現場にしよう」と意識して作ったというより、本当に自然とそうなっていった気がします。主役だからといって偉いわけではないですし、もちろんいろいろな現場があります。その中で、自分が自信を持って発言したり、場を回したりできたのは、そういうふうにいさせてくれるみんながいたからなんですよね。それぞれがちゃんと距離感を持ちながら、うまく噛み合っていった。全部の歯車がパチパチと合っていくような現場だったと思います。
――放送前のインタビューでも、“ファミリー”のような絆が生まれているとお話しされていました。
入野
より強くなりましたね。
潘
最終回をみんなで見ちゃうくらいですからね(笑)。私は“食卓”が大きかったと思っています。アフレコをしてお腹が空いたら、自由さんがピザを頼んでくださったり、みんなでおいしいものを持ち寄って、たわいもない話をしたり。食卓を囲むって、もう家族じゃないですか。そういう時間がこの1年間ずっと絶えなかったんですよね。毎週の現場もそうですし、節目にはみんなでご飯へ行ったりもして。現実の私たちもそういう環境にいられたのは、皆さんの心遣いや思いやり、“愛情”のおかげなのかなと思います。何をするにも、提案する人がいて、その提案を受け入れてくれる人がいて、そこに乗っかってくれる人がいて、実現できる。最初に提案するのって、すごく勇気がいることだと思うんですよ。でも、それを受け止めてもらえるから、ただのわがままにならない。ゲッコーモンも最初は、自分がトモロウに「こうしたい」と思ってやったことが、うまくいかないこともありました。でも相手が受け止めてくれることで、関係が変わっていった。現場でも少し似ていたのかもしれません。

進化のたびに見えてきた、トモロウとゲッコーモンの絆
――全49話を通して、トモロウとゲッコーモンのシーンで特に印象に残っているものを挙げるとしたら?
入野
いっぱいありますね。近いところで言えば、やっぱり第48話は大きいです。ただ、第48話だけを切り取るというより、そこまでずっと積み重ねてきたものがあったからこそなんですよね。進化のポイントって、二人が自分の中にあるものを全部吐き出して、ちゃんと向き合うタイミングでもあったと思います。
“合わせ鏡”という話も出ましたけど、それはつまり自分自身と向き合うことでもある。現実でも、自分と向き合うことってすごく大切だと思うんです。役者としても、自分の声や芝居と向き合うことは苦しいことでもあります。自分が思い描いていたものと違うこともありますから。それでも、「自分のこういうところは間違っている」「こういうところは素敵だ」とちゃんと向き合っていく。『DIGIMON BEATBREAK』では、それがトモロウとゲッコーモンの関係を通して描かれていたように感じます。その一つひとつが印象に残っていますね。

潘
私も、進化のエピソードはどれも印象深いです。進化って、パートナーとの絆の表れだと思っているんですよ。アルマリザモンになったときも、あんなに鮮やかなショッキングピンクになるとは思っていなかった(笑)。でも、あの進化はトモロウ自身がひとつ素直になれたタイミングでもあったじゃないですか。お互いにむき出しの想いをぶつけて、向き合った結果として進化できた。その体格の大きさにも思いの強さが表れているように感じましたし、戦い方ひとつを取っても、トモロウの気持ちの成長がそのまま反映されているように思います。自分を守るためでもあり、誰かを守るためでもある鱗のような姿を見ても「やっぱりトモロウのパートナーなんだな」と感じられました。
この進化は、ほかの誰かとの組み合わせでは成立しないんです。デジモンとパートナーにはいろいろな形がありますけど、この道筋で、この形へ進化していけたのは、トモロウとゲッコーモンだったから。最初から完成された二人ではなかったからこそ、時間をかけて育んできたものがちゃんと進化に表れている。そこがすごく丁寧ですよね。
入野
あと、ゲッコーモンの“言い間違い”も好きですね(笑)。最初の頃は「また変なことを言ってるな」くらいだったものが、何度も繰り返されるうちに、「はいはい、また言ってるよ」みたいな二人の(且つ、視聴者にとっても)お決まりになっていって。最後のお墓参りのところで、ちゃんと愛を感じるんですよね。ああいう積み重ねもすごく素敵だなと思いました。
潘
しかも、あの言い間違いって、もうトモロウじゃないと分からないと思うんですよ。「潰れたケーキを買う」って言われて、「売られた喧嘩を買う」でしょ、とは普通ならならないじゃないですか(笑)。でもトモロウはだんだん分かるようになっていく。言い間違いひとつを訂正することまで含めて、それ自体が二人の絆になっている。すごく二人らしいなと思います。
「今まで出会ったものには、ちゃんと意味がある」
――最後に、入野さんにとってトモロウ、潘さんにとってゲッコーモンは、この1年を経てどんな存在になりましたか?
入野
僕は、「自由」と書いて「みゆ」と読む自分の名前から、トモロウ役に選んでもらったんじゃないかと思うくらい、この作品には“自由”というテーマがありました。「もっと自由に、自由に」とずっと描かれてきて、最後まで自由というものをテーマに演じてきた。僕自身、「自由」という名前は父親から受け継いだものでもあって、父も母も自由というものを大切にしてきた人たちなんです。そしてデジモンは、自分が子どもの頃からずっと好きで、憧れてきた作品です。このタイミングで『DIGIMON BEATBREAK』に参加して、「自由」というテーマを持つトモロウを演じることができた。
そう考えると、これまでデジモンのオーディションに落ちてきたことにも意味があったんじゃないかなと思えるくらいで(笑)。どんな存在なのか、一言ではなかなか言えないですけど、本当に自分自身みたいな感覚があります。トモロウとゲッコーモンが合わせ鏡だったように、僕にとってトモロウもまた、合わせ鏡のような存在になりましたね。
潘
私もゲッコーモンは自分の合わせ鏡のような存在だと思っているので、今のお話にはすごくシンパシーを感じます。
お芝居をするときって、結局は自分自身と向き合わなければいけないんですよね。自分が演じる以上、これまで自分が生きてきたすべてがゲッコーモンにつながっていく。そう考えると、ゲッコーモンを演じるということは、自分の人生と向き合うことでもあったんだと思います。 私もゲッコーモンは自分の合わせ鏡のような存在だと思っているので、今のお話にはすごくシンパシーを感じます。
もちろんトモロウとゲッコーモンは二人でパートナーです。でも、この二人だけではなくて、『DIGIMON BEATBREAK』で出会えたグローイングドーンというファミリーや、たくさんの人とデジモンとの出会いがあったから、二人はもっと自由に強くなれた。そして私自身も、トモロウとゲッコーモンを通して、こんなにも家族のような皆さんと出会うことができました。
何かひとつ違っていたら、きっと私はここにいなかったと思うんです。自由さんが「これまでオーディションに落ちてきたことにも意味があった」とおっしゃっていましたけど、私も子どもの頃にデジモンと出会ったことも含めて、これまで出会ってきたものには全部意味があったんだと、抱きしめてもらえたような感覚があります。
第48話でトモロウに抱きしめてもらったゲッコーモンが自分の合わせ鏡でもあるのなら、あれは自分自身を抱きしめてもらったような感覚でもあって。だから……自由さんの言葉に続いちゃいますけど、本当に“一生もの”です。『DIGIMON BEATBREAK』も、ゲッコーモンも、トモロウも。究極体を超えた、その先までずっと残り続けるような、一生モンの存在になったと思います。


