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INTERVIEW インタビュー

3DCGの未来
〜CGアニメとメディアリレーション〜

久保田瞬
【第38回/2020年8月号】
久保田瞬(株式会社Mogura代表取締役、Mogura VR News / MoguLive編集長)

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。「3DCGの未来 ~CGアニメとメディアリレーション~」とリニューアルをし、CGアニメと関係するさまざまなメディアのキーパーソンにお話をうかがっていく。
今回はVR/AR/MR/VTuber専門メディア「Mogura VR News / MoguLive」の編集長である久保田瞬にお話を伺った。現在のVRシーンの黎明期である2015年から、まさに手探り状態のなかあらゆるVRの情報を集め運営してきた久保田氏は、VRメディアのキーパーソンだ。さらに元・中央官庁官僚というキャリアを持つ氏がどのように新たなメディアを立ち上げていったのか、そのストーリーも必見の内容だ。折しも新型コロナウィルスによってリモートでのミーティングが社会に浸透し、VRへの注目が集まる最中。これからVRによって作られていく新しい社会像のヒントが垣間見える。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
Supported by EnhancedEndorphin

リモートワーク移行によって注目が高まるVR業界

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):今回は新型コロナウィルス(COVID-19)の影響により、この連載で初めてオンラインでの取材実施をいたしますが、久保田さんはこのコロナ禍以前からオンラインでの取材を数多くされていたそうですね。

久保田瞬(以下、久保田):はい。「もぐらゲームス」という個人でメディアを立ち上げた最初の記事(2014年4月20日)から、オンラインで行ないました。これはLINEの文字ベースで行なったものを記事の形に整えたものです。以前から、対面でなくてもできることはあると思っていて、初めての記事からこのような形で実施いたしました。Zoomが主流になる以前から弊社の編集部ではSkypeでの打ち合わせも行ないますし、ライターさんとの遣り取りも全てオンラインで行なっています。そのため、この状況下でもまったく違和感なくオンラインで取材をすることができています。

久保田瞬

野口:対面することにこだわりがないのは、VR情報を扱っているメディアであるから?

久保田:いえ、それはむしろ僕が大学時代にネットゲームにハマっていた人間だったことと関係しているかもしれません(笑)。ネットゲームのなかで人間関係を作ることは、現実で友達関係を築くことと同じだということを実体験として持っていたので、であればゲームでなくてもオンラインでの遣り取りは十分に可能だと考えるに至ったのだと自分では思います。

野口:ちなみに、オフィスに会議室はありますか?

久保田:はい。取材にしろ会議にしろ、相手方があってはじめて成立するものですので、その方のご要望に沿います。ただ、打ち合わせする際には「オンラインでもできますので」とはお伝えしています。

野口:新型コロナ以降はオンラインでの業務が増えたかと思いますが、それ以前はどのくらいの割合でしたか?

久保田:外部の方との打ち合わせは対面がほとんどでしたね。内部の打ち合わせですと、半分以上はオンラインで行っていました。会社としても週に何日かくらいの出社という状態にしておりました。この4月からの新入社員は当初からフルリモートにする予定でしたが、この状況下で会社全体がフルリモートになりました。僕自身がゲームを通じた形でコミュニケーションを取っていた経験があるので、きちんと手順を踏めばそれで問題ないと思います。ただ、オンライン中心になってくると、コミュニケーションが滞りがちになってしまう人が一定の割合で出てきてしまいますので、それに対するケアや評価制度を見直すといった、結果生じる課題が出てくることは考えられます。

野口:VR元年とされたのが、2016年。以降、普及しそうでなかなか普及が進まないという状況が続いてきましたが、よもやこのような形でVRが社会から注目を集めることになるとは。

久保田瞬

久保田:弊社のサイトのアクセス数にも如実に現れています。言ってしまえば、VRにとってこれまで最強の競合相手は「対面」だったわけです。ただ、このコロナ禍によって図らずもそのデメリットが顕在化してしまいました。収束すればある程度の割合では戻っていくかと思いますが、この経験をしたことにより、生産性や働いている人たちの豊かさを改めて問い直す企業も出てくると思います。今現在ですら、床面積を減らしてコストを削減するという話が出てきているわけですから。そういう会社にとっての最終的なゴールとしてVR/ARがあり、長い目で見て勝ち残るのはそういう会社になるかもしれないと思って見ています。

野口:僕も「VRミーティングが良い」とよく言われるのですが、デバイスがないから参加したくてもなかなかできなくて。今後、VRミーティングは増えると思いますか?

久保田:VR情報を扱っているメディアの人間なので、そうあってほしいと思っています(笑)。現在のZoomと同じ程度にユーザーがアクセスできるようになれば、増えるでしょう。ただ、VR/ARの根本的な問題として、デバイスを体験しないと価値がわからないということがあります。弊社の社内には体験ルームがあり、いらっしゃった皆様に実際に試していただける機会を用意しています。現在はどうしても導入コストがかかりますし、実際のところはまだまだ途上といえるでしょうね。とくに今回のような危機対応の場合、すぐに代替策を取れることが重要になりますが、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)のような機器を大量に誰もがすぐに用意できるわけではないため、応えられる状況ではなかったのかなと思います。もちろん、個別の用途であれば応えられるものもあるのですが、社会全体がVR会議にシフトする状況にまでは至っていないのではと考えます。

配信を「ハレ」の場にするバーチャルイベントのマジック

野口:先日、御社の「トコトン分かるVR入門」を拝見しました。VRはゲーム用途だけでなく、イベントも魅力的なコンテンツになるような気がします。

久保田:これは僕の持論なのですが、イベントというものは特別な場所・時間である必要があると思うんです。たとえビジネスセミナーであっても、通常のオフィスの場所から離れてどこか別の場所に行くとか、新しく人との出会いの機会を持つ。つまり「ハレ」の性質があると。それに対して、現行のYouTube LiveやZoomのウェブセミナーって、どうしても「集まっている感」がなく、ただの配信になっていて、その感覚を掴めるものになってはいないのではと思います。そこでは「気持ちの切り替え」ともいうべき、暗黙のコミュニケーションが必要になってくる。たとえばアバターがズラッと並んでいて、ときどきリアクションをしてくれるとかでも構わないんです。それができるのがバーチャル空間におけるバーチャルイベントの強みだと思います。

野口:VRのイベントへの活用事例は多くなりそうですね。

久保田:Moguraでもバーチャルイベントができますよ、とPRしたところ、本当に多くのお問い合わせをいただきました。ただ、その規模があまりに大きくて驚きました。「東京ドームで行なう予定だったイベントをVRでできませんか?」とか(笑)。

野口:僕らの業界セミナーは200人キャパとかなのに(笑)。

久保田瞬

久保田:むしろ、「イベント」と一括りにしても、さまざまな形があるんだなと知ることができました。その意味で、バーチャルイベントをやろうとした際のハードルはまだまだ高いでしょう。なぜかと言うと、受け皿がないから。Mogura でも既存のプラットフォームやサイトを組み合わせることで、ただのオンライン配信イベントではない、空間の中で人と人とのコミュニケーションが取れるといった、バーチャル要素が何かプラスされるようなものが作れないかと日々考えています。

野口:先ほどのイベントの最後にVR参加者みんなで集合写真を撮っていたのが面白かったです。僕はあいにく2Dのビューワーで見る形だったので映ることはできなかったのですが(笑)。

久保田:このときは「cluster」という日本のバーチャルイベントプラットフォームを使っていました。Moguraでは常にVRで見るパターンとビューワーで見るパターンの2つの参加方法を用意しています。なぜかというと、「cluster」はアプリを使ってゲームを動かすようにして使うものなので、そうした操作が苦手な方や企業用端末でアプリを勝手にインストールできない仕様になっている方のことを鑑みてのことです。「cluster」自身、 VRセットがなくてもPCとかスマホでアクセスできるんですよ。その際はデスクトップ上でキャラクターを動かす形になります。これも丁寧に説明しないとなかなか伝わらなくて、うっかり「VRイベント」と銘打ってしまうと、「ヘッドセットを持ってないから無理です」と、お客さんに逃げられてしまいます。

野口:ヘッドセットについていえば、この前、とあるVRプログラムを観たのですが、30分で頭と首が疲れてしまって。デバイスがもっと軽量化してくれるとありがたいです。

久保田:そうですね。ヘッドセットの部分は日進月歩で進化しているので、新しくなれば確実に軽くなると思います。

野口:今のオススメ機種は?

久保田:今で言えばOculus Quest 2(※)ですね。パソコンと繋がずに単体で作動し、体も動かすことができるデバイスです。これは業界をリードするfacebookが2018年に発売したデバイスの進化版です。今後の機種はここから解像度を直線的に上げていくといったものではなく、次の世代の何か新しいものを採り入れてくるでしょう。そういうビジョンがあることによって、VRの業界の人達って頑張れるんですよ。言ってしまえば、VRってまだまだ黎明期になんですよね。

(※)Facebookは、スタンドアローン型VRヘッドセットの最新モデル「Oculus Quest 2」を2020年10月13日に発売。

久保田瞬

野口:なるほど、まだ黎明期か。日本のCGの場合、専業のプロダクションが出てきたことから歴史がスタートしたと言えるのですが、VRの場合はどうなんでしょう? 「Mogura VR」というメディアが出てきた2015年とか?

久保田:それについては、「何のVRが」という大きな話になってきます。日本には2000年以前からVR学会があり、アカデミックレベルでの研究開発はかなり前から行われていると言えます(日本バーチャルリアリティ学会は1996年5月発足)。また、文化的なコンテクストで言えば『攻殻機動隊』とか『ソードアートオンライン』の中にVRゴーグルが登場し、これもVRの歴史のなかでは早い段階のものですが、現在の流れに続く歴史でいえば、Oculus RiftのDevelopment Kit 1 (DK1)が出た2012年ですね。VRエヴァンジェリストで知られるGOROmanさんは、そのとき日本で最初に触り始めた人のうちの1人とされていますが、その頃がスタートだと言えるでしょう。

野口:GOROmanさんにはこの連載のなかでお話を聞かせてもらいました。やはりこの頃からなんですね。

久保田:GOROmanさんもそうですが、最初は個人レベルで開発者の方たちが「これを使っていろんなことができるんじゃないか?」と考え、その中で彼のようにVRを会社の主軸に据える人が出てきたり、投資を受けて立ち上げたりして、企業活動としてVRに向き合おうとした人たちが出てきたと考えています。なお、海外でVRに取り組んでいる人に話を聞いても、DK1からという人は多いですね。海外のVRゲームのスタジオって、ゲームクリエイターが仲間と一緒に大きな会社を飛び出して新しい会社を作る、いわゆるインディゲームのスタジオの立ち上げと同じように始まっているところがすごく多いんですよね。。そういう違いもあって、日本の出遅れが指摘されています。

中央官庁を辞め、「VRを当たり前に普及させていく」ミッションのメディアを立ち上げるまで

野口:会社を飛び出すといえば、久保田さんの経歴がとてもユニークですよね。先ほど「もぐらゲームス」のお話も少し出ましたが、VR専門メディア「Mogura VR」を立ち上げるまでのお話を聞かせていただけますか?

久保田:特に子供の頃から自立心が高かった、とかいうことではないんですよ(笑)。いわゆるレールの上を歩くタイプの人間でした。それが大学時代になるとMMORPG「リネージュ」(※)を廃人のようにやるようになりまして(笑)。そこで世界の人と触れ合って、一つの目標に対してみんなで何かやっていくという経験をしたり……就活の時にネトゲの世界を卒業して自分自身を社会のために使えたらという思いは持っていました。それで公務員試験を受けて、環境省に入りました。それが2010年のことです。

(※)韓国・エヌシーソフトが開発したMMORPG。1998年にサービスを開始して以降、20年以上もサービスを継続し続けている大ヒット作品。日本国内でも多くの「廃人」を生んだ。2020年に大型アップデートを行ない、グラフィックをフルリニューアルした。

野口:環境省ではどんなお仕事を?

久保田瞬

久保田:務めていたのは3年と3ヶ月なので、国家公務員の仕事全体を語れるような立場ではないのですが、若手のうちは利害調整の仕事がほとんどになりますね。あとは環境白書を執筆したりしていました。ちょうどこの頃は2011年の東日本大震災の様々な後処理が環境省管轄になり、巷で言われるような激務に晒されるという経験もしました。僕の目には、公務員が政策立案に少しでも主体的に関われるようになるのは10年近く経ってからだと映りました。仕事の中で事務方のトップたちと日々仕事をしていると、この長い下積みの時間を過ごすのであれば、自分が成長するための場は別にあるのではないかと思うようになって、こちらの道は諦めたという経緯です。

野口:しかし、それでも安定したイメージの公務員を辞して起業する決断をするにはまた別の勇気が要ったのでは?

久保田:それには大学時代にフリーペーパーも作っていた経験もあるかなと思います。そこでは海外の人も含めてNPOで働いている方々とたくさん知り合って話をする機会があり、いわゆるサステイナブルな生き方だったり、今の社会に対して疑問を持って生きている方に触れることができたのは大きかったですね。他にも山田玲司の『非属の才能』を読んで、「こういう振り切った考え方もあるんだな」と腑に落ちた感覚を覚えたこともありました。さらにいうと、公務員時代はシェアハウスに7人くらいで住んでいて、そこには友達の友達みたいな形で、いろいろな生き方をしているお客さんが頻繁に来て、その方たちの話を聞いていると、手堅い勤め先を外れたところで、別に大した問題ではないなと思えるようになって。今では当たり前になっているシェアという価値観が広がり始めた頃だったので先の環境白書にも「最近では、物を『共有』するということを重視する考え方が広がりつつあります」(※)みたいに書いたりして(笑)。

(※)該当コラム「所有」から「共有」へ-シェアする価値観

野口:それはタフだ(笑)。

久保田:あと、役所勤めをしたことで、「社会にどう影響を与えるか」という考え方が養われたのは良かったと思います。つまり、パブリックな視線。自分の中ではVRを使って儲けたいとかではなく、もっとVRを世に広めたいという気持ちのほうが大きいんです。公務員の内側から見ると、社会に影響を与えたり動かしたりしているのは役所勤めの人ではなく、外側の人たちなんです。そういう人たちが新しい物を作ったり、いろんな伝え方をしている。そういったさまざまな立場の人を知ることができたのも自分の人生において大きかったです。もちろん、役所の肩書はなくなりますが、自分が役所を飛び出したところで社会に対して関与していく度合いが変わるわけでもないと信じることができた。

野口:退官された後はすぐに先ほどの「もぐらゲームス」を?

久保田瞬

久保田:そこから1年ぐらい知り合いがやってるECの会社を手伝っていました。手伝いながら、友達と二人で自分たちが何かできないかと考えたときに、バックグラウンドであるゲームで何かできないかなと考えました。プログラミングのスキルがあるわけでもなくクリエイター気質でもないけれども、それを伝えることができるのではないかと。「もぐらゲームス」では、一般的なゲームメディアではなかなか注目されないような個人制作のゲーム、いわゆるインディーゲームと呼ばれるゲームを取り扱うことにしました。潜って発掘するコンセプトだから「もぐら」なんです。そのなかで、2014年頃から先ほどの話のように個人開発者の方たちがVRで盛り上がり始めました。それでVRに触れてみたら、何かまったく新しいものができそうな予感を覚えました。直後にPlaystation VRの試作機が披露され(発売は2016年)、facebookがOculusを20億ドルで買収したというニュースが飛び込んできました。この両方は1週間ほどの間に起きたことです。これはどういうことかと考え、まずはメディアの人間としてVRについて書いてみることにしました。

野口:どんなことを書いたんですか?

久保田:まずはOculusの買い方を読者は欲しているだろうと考えました。当時、手に入れるためには英語サイトでしたので、ひと手間でした。それで購入指南を書いたところ、「もぐらゲームス」で歴代上位のアクセス数を集めました。つまり、皆さんVRに関心をもっているけれども、情報のハードルの高さがネックになっていると。であれば、VRをメインにしたメディアも成り立つのではないかと思い、スピンアウトとして「Mogura VR News」を立ち上げました。メディアの経験がそこまであるわけではない僕が始めるくらい、発信者が少なかったんです。単純に面白かったので、それを愚直に伝えるところから始めていきました。

野口:情報はどのように集めていきましたか?

久保田:海外のVR情報専門サイトに連絡を取って交渉し、パートナーシップを結びそこの記事をサマリーで掲載したりしていました。2015年当時はまったくの無名メディアですので、ソニーのような大きなところを取材して記事を書きたいというときは、ひたすら連絡を取りつづけて、関係と信頼性を作っていったという形ですね。今でこそ、各メーカーさんの取材もできるようになりましたが、自力で切り拓いたり、さまざまな方の紹介を経て徐々にメディアの規模を大きくしていったという形です。

野口:現在のスタッフはどのくらいの規模感ですか?

久保田:Moguraの社員は7名です。メディアは業務委託でお願いしている方が多いですね。最近はメディアから派生して、VRやARについてのコンサルティングや開発の依頼を受けたり、ビジネスマッチングの展示会を秋葉原のUDXで行なったり、セミナー形式のイベントを通じてクリエイターや開発者の方々向けに業界内外を繋げたりしています。

野口:現在のサイトの規模を具体的に聞くことはできますか?

久保田瞬

久保田:はい。月間PVでいうと、200~250万ぐらいです。業界の担い手の方々向けの情報を扱う「Mogura VR News」と、コンシューマー向けにゲームやVTuberの情報を扱う、「MoguLive」というコーナーに分かれていまして、これがだいたい1:3の割合です。つまり、それくらいコンシューマーが大きくなってきているというわけです。メディアを立ち上げるにあたってのミッションとして、「VRを当たり前に普及させていく」ことを標榜しました。「VRのことだったらMogura VRを見ればいい」と思われるようにしたいなと。それは、ある程度のところまでそこは達成できたのかなと思っています。あと、VRの業界にはGOROmanさんを始め、エヴェンジェリストがいらっしゃいますが、僕自身は個人として何かの意見を言うのが苦手な質もあって、メガホンというか拡声器として「Mogura VR」を作ったという側面もあります。

野口:だからイベントでは司会に徹しているんですね。

久保田:その通りです。これは自分の主張をせずにまとめる側に回るという役人の時代に染み付いてしまったものなのかもしれないです(笑)。新しく編集者やライターが入ってきたときに常に言っているのは、「僕らは背中を押す存在になるように」ということです。VRもVTuberもそうですが、知っている人たちばかりに向けてはいけなくて、新しく知ろうとした人を意識することが大事なんです。Mogura を読んで、少しでも関心をもって、HMDを買ったり、バーチャル空間のイベントに行ってみようと思ったりするようなメディアにしようと。これは作った当時からずっと大事にしてるコンセプトですね。

VR/ARが新たな社会像を作り上げるさまを見届ける楽しみ

野口:Apple Glassが2021年から22年の発売予定とされていますが、VRからARに進む起爆剤になりそうですか?

久保田:正直、何年後になるか分かりませんが、先ほどの話のVR第2世代もその頃になるのではないかと思っています。OculusのfacebookもAR Glassを作っていると明言しています。Microsoft HoloLensの初代モデルが2016年発売で2が2019年発売。ARの次のサイクルも同じくらいになりそうなんです。つまり、ちょうど新しいVRとARのタイミングが重なるポイントになります。そのとき、今まで身近でなかった人にも訴求するようなアプリケーションやコンテンツを仕込んでいるのではないかと思っています。

野口:最後に、いま久保田さんが考えるVRの最終形について教えて下さい。

久保田瞬

久保田:インターフェースは多様なものになるのではないかと思います。メガネ型もあれば、もしかしたら何もつけなくても、ある程度立体映像みたいなものが見えるようになるかもしれません。結局、現実っていう僕たちが見て認識しているものをどう捉えるかだと思っています。この取材はZoomを使って行なっていますが、映画「キングスマン」の会議室のように、全身が立体で出現するようなものが出るかもしれません。

Spatial - Collaborate with lifelike avatars in VR/AR/Web

そうなってくると、今まで物理的な現実や画面でしか体験してこなかったもののリミッターが外れることになり、たとえば、子供なのにエベレストに登ったり、マリアナ海溝の奥まで入ったり、宇宙から地球を見ることができるようになる。読んで知るのではなく、「実際に」行ったという子が出てくるわけです。そうなると、価値観や行動が大きく変わるだろうし、社会システム全体が変わっていくと思うので、そこがどうなっていくか。今って、SF映画に出てくるVR/AR表現がなんだか現実の延長線上ばかりになっていて、あまりセンス・オブ・ワンダーを感じられなくなってしまっているんですよね。新しいVR/ARを日常に使うようになり、そこで変容した価値観をSFがどのように描くかも楽しみですね。あるタイミングで現在におけるスマホのような存在になって行くと思いますが、そこから先の受け手である人間・社会、場合によっては物理的な建物のデザインが変わって、AR前提の建物も出てくるかもしれない。その姿を見てみたいと思いながらメディアを続けています。

(※)2020年現在、米国のスタートアップ企業「Spatial」が提供している、VR/AR空間を共有するプラットフォームが映像的に近い。ユーザーはVR上に上半身(身体はCG)を出現させて会議をしたり、VR上の3Dオブジェクト操作などを行なうことができる。
MograVRの関連記事。
https://www.moguravr.com/spatial-virtual-collaboration-platform-free/

野口:これから価値観を含めて相当社会のありようを変える可能性を秘めているデバイス。

久保田:そうですね。この業界の皆さんは金銭的な意味では苦しい場面も多かったり、逆風もあるなかでキラキラ頑張っている人たちも結構多いんですよね。それは単に夢を見ながらというのではなく、この技術が広がっていくことによって何か社会全体がガラッと変わるかもしれないという大きな流れの一部に自分たちがいて、それを早い時期から作る立場に回っていることが、彼らをそうさせていると思うんです。僕自身も、メディアという立場やコンサルティングや開発事業では企業様のお手伝いをしつつ、それを考えながらやっているので非常に楽しみです。

野口:VRから、これまでとまったく違う産業が出てくる可能性だってあるでしょうね。

久保田:ある意味で、新型コロナの状況によって、それが加速したと思います。対面・現実と競う必要があったのが、それが外れてこの価値を皆で考え直している最中だと思うんです。おそらくイベントの事業やっていた方々、リアルなモノを使って商売していた方たちは、それによってどんな価値が生まれていたのかを、すごく真面目に、生き延びるために考えていると思います。そのタイミングでオプションのひとつとしてVR/ARがあって、もうちょっとしたら使えるようになるかもしれないと考える人々が今、増えているというのはとても良い傾向だなと思っています。

久保田瞬取材

久保田瞬
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、環境省に入省。環境白書の作成等に携わる。ECベンチャー勤務を経て、現Mogura VR編集長、株式会社Mogura代表取締役社長。XRジャーナリスト。
VRが人の知覚する現実を認識を進化させ、社会を変えていく無限の可能性を感じ、身も心も捧げている。個人事業にてメディア「Mogura VR」を立ち上げのちに法人化。VR/AR業界の情報集約、コンサルティングが専門。また、国外の主要イベントには必ず足を運んで取材を行っているほか、国内外の業界の中心に身を置きネットワーク構築を行っている。
一般社団法人XRコンソーシアム エグゼクティブ・ディレクター
一般社団ロケーションベースVR協会 監事
一般社団法人VRMコンソーシアム 理事
Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田充
LOCATION : 東映アニメーション

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