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INTERVIEW インタビュー

デジタルコンテンツの未来
〜温故知新〜

鹿角 剛
【第45回/2022年6月号】
鹿角 剛(スタジオ・バックホーン代表取締役社長)

CGと縁の深い方々にお話をうかがい、デジタルコンテンツの未来を見通していく記事をお届けする本連載。今回は実写映画『東京リベンジャーズ』、『映像研には手を出すな!』などのVFXを担当した映像制作会社・スタジオ・バックホーンの代表を務める鹿角剛氏にお話を聞いた。非常に多くの実写VFXを手掛ける同社だが、スタッフ人数は鹿角社長の目の届く範囲と決めているという。ジェネラリストを揃える理由や日本VFX業界の課題点を鹿角氏の創業のお話とともに伺った。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
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『映像研』で日本VFXの賞を席巻

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):スタジオ・バックホーンさんはVFXで参加した『映像研には手を出すな!』(以下、『映像研』)(※)で、2021年の日本における3大VFX賞(※)を受賞されました。遅ればせながらおめでとうございます。

鹿角 剛

(※)『映像研には手を出すな!』
大童澄瞳によるマンガ作品。2016年月刊!スピリッツで連載開始。アニメーションを制作する女子高生3人を中心としたストーリー。2020年には湯浅政明監督によるTVアニメシリーズと、英勉監督による実写TVドラマおよび映画が公開された。

(※)「VFX-JAPANアワード2021」(劇場公開実写映画部門 最優秀賞)、「MPTE AWARDS 2021」(映画テレビ協会技術賞:第74回映像技術賞)、「CGWORLD AWARDS」(第6回 大賞および作品賞:実写VFX部門)

鹿角 剛(以下、鹿角): ありがとうございます。2021年はコロナ禍の影響で大作映画が軒並み公開延期になったので、対抗馬が少なかったのでしょう(笑)。ただ、予算以上に労力をかけて作ったことは評価していただいたのではないかと思います。

野口:社長としては予算以上に労力をかけては困るのでは?(笑)

鹿角:いや、それは案件にもよりますね。この作品もVFX統括を務めた村上(優悦)から予算感を聞いていましたが、会社の戦略上の取り組みの案件と判断した場合は、コストを掛けて行ないます。この作品にそれだけ入れ込んだ理由の1つは英 勉監督作品(※)だったことです。以前、『3D彼女 リアルガール』(2018年)に部分的に参加したときから発想力が豊かな方だと思っていましたし、実際にその後いくつもマンガ原作の映画でヒットを飛ばしています。その英監督と弊社がはじめて1対1で組む機会ですし、英監督ならきっと『映像研』も面白く撮ってくれるだろうと思っていました。理由はもう1つあって、『映像研』のアニメ化が大きく話題となっていたことです。この作品はアニメ化と実写映像化が同時に制作が進んでいて、2020年の1月から3月までNHKでアニメの放送があり、その後4月から5月まで実写のTVドラマが放送され、すぐ映画公開の予定でした。実際はコロナ禍の影響で9月の公開になりましたが。実写は2019年末まで撮影していたので、VFX作業はまさにアニメ放送が始まったタイミングでスタートしたんです。参りましたね……アニメの出来が良いんですよ(笑)。評判もさまざまなところで目にしていたので、この作品を予算通りに作ったらアニメと比べられて、「やっぱりマンガの実写化は出来が悪いよね」と言われるものにしかならないと予想できました。そんなの、悔しいじゃないですか。日本のVFXが貧相に見えるのは技術やセンスがないからではなく、予算とスケジュールが適性でないことがほとんどです。だから、こうした注目作品にはコストを十二分に掛けて臨んだというわけです。

(※)英 勉(はなぶさ・つとむ)
1968年生まれの映画監督。代表作に『貞子3D』、『3D彼女 リアルガール』、『賭ケグルイ』、『前田建設ファンタジー営業部』、『東京リベンジャーズ』、『おそ松さん』他多数。

野口:TVドラマの放送中からTwitterなどでVFXブレイクダウン映像を公開していてそのときから評判でしたね。

鹿角 剛

鹿角:あれは制作会社経由で東宝の広報さんに話をしていただいて、弊社で好き勝手に作ったものを放送日の翌々日に、ひっそりと公開するつもりだったんです(笑)。ところが第1話が放送された後にVFXが話題になったため、宣伝部がプレスリリースを作ったりして後押ししてくれて更に評判を集め、結果的に映画のプロモーションにも貢献することができました。

野口:『映像研』公開後の影響はすごかったのでは?

鹿角:クライアントからの仕事のご依頼に影響が出たのは、最近になってからですね。それよりも先に人材募集の面に影響が表れました。弊社のような規模のVFX会社にはなかなか新卒の方の応募が少ないのですが、『映像研』が公開されたあとにCGWORLDでオンラインセミナー等を見て応募してきてくれた方が増えました。

野口:定期採用は行われているのですか?

鹿角:いいえ。昨年はたまたま新卒採用になりましたが、基本的には応募があったときに弊社の作り方と合う方を面接してジェネラリストとして採用するというやり方です。それでも会社の規模的に25人以下に収めるつもりです。というのも、弊社は大手と違って毎年決まったシリーズ作品やVFX超大作を手掛けられるようなコネクションはありません。あくまで技術で監督との信頼関係を築いて一歩ずつ進んでいく会社ですので、急激に規模を拡大してその維持のために仕事を回すようなことはしたくはないんです。

VFX表現者として必要な演出の考え方

鹿角 剛

野口:日本の実写専門のVFX会社はどこも規模が大きくはなく、作品によって互いに協力しあって作るところがアニメ業界と似ているなと思いました。

鹿角:そうですね。大田区の町工場街みたいな感じですよ(笑)。弊社が元請けになって人手が足りなかったら協力会社に頼みますし、逆の立場になることもあります。日本の実写映画のバジェット規模からいっても、こういったユニットのような感じで回していく方が身の丈に合っていると思います。

野口:そういったシステムが自然に出来上がったという感じですね。

鹿角:それに小規模な作品のほうがクリエイティブとして面白いことも多々あるんです。『片腕マシンガール』(2008年)(※)という作品を過去に手掛けたのですが、これが非常に低予算で(笑)。台本を読むと、合成する箇所が多すぎて1つ1つに時間を掛けられないし、それに人を出せるほどの予算もないから、井口(昇)監督に「とにかく、面白かったらOKにしてください」と最初に伝えて、弾着や発砲のライブラリからコピーしたり反転させたりして森の銃撃シーンを作ったんです。そうして出来上がったこの作品が熱狂的な支持を受けて、舞台挨拶では僕もサインを求められました。「森のシーンで木っ端まで合成して迫力すごかったです!」と言われたんですが、そんなの一切やってないんですよ(笑)。でもそれは作品の中のキャラクターの感情とドラマの盛り上がりが一緒になって観客に映った結果、合成としてはシンプルであっても勝手にプラスアルファをして観てもらえたんです。これがエモーションの喚起がうまくいった例です。予算が限られている以上、このように観客の気持ちに寄り添って力を配分していく必要があります。逆の場合で言えば、演出上の意味がないフレームの端っこを細かく作ったところで意味がないわけです。予算がふんだんにあれば別ですけれども。

(※)『片腕マシンガール』
井口昇監督によるバイオレンスアクション。日本では小規模公開だったが、世界中に熱狂的なファンを生み出した。

鹿角 剛

野口:それでは観客にエモーションを伝えることではなく、工場的に作ることが目的化していますね。

鹿角:そう。僕らは表現者なので、「赤いもの」という演出指示がある場合は観客に「赤い」と思ってもらうことが大事なのであって、データ上で赤く塗り潰すことは重要ではないと考えます。例えば、「放射線状の背景の前に真っ直ぐな2本の線が走っている」と台本に書かれていたとします。そのときにデータ上で真っ直ぐな線を作っても、放射線が背景にあると人間の錯覚で線は曲がって見えてしまいます。そうした場合は、データ的に曲げてでも「真っ直ぐに見せる」べきなんです。それがVFX=視覚効果の仕事です。でも現在これだけVFXやCG技術が進歩して便利なシミュレーションプログラムがあると「こう見えるように作る」ではなく、「データ上でこうなっているものを作る」になりがちなんですよね。

野口:そうした心得をどのように伝えているのでしょうか?

鹿角:都度都度、具体的に説明していますが体系立てては教えづらいところではあります。ただ、一つのやり方としてはチェックムービーを出すときに自分のパートだけでなく前後も付けて出して、一連がどう見えるかをちゃんと自分で確認するように言っています。そうやって演出の流れを感じながら作ることはとても重要だと思います。

野口:そうやって直接教えて考えさせる環境を維持するために25人以下の規模でジェネラリストのアーティストを揃えているのでしょうか?

鹿角:それもありますが、ジェネラリストスタイルにこだわってる理由としては作業の無駄をなくしたいのが一番大きな理由です。元受けで作品を受注する場合、作品によってコンポジットだけで済む場合もありますし、3DCGを沢山必要とする作品もあります。分業制だとスタッフアサインに困ってしまいます。それに弊社は、過去の財産として煙や爆発、血しぶきなど沢山の実写ライブラリがあるんですね。つまり、煙を合成するという時に、3DCGのシミュレーションで煙を作るという方法と、実写の素材を加工して合成するという方法がある訳です。どっちの方法が良いのかを見極めるには、端的に演出的なことをパッと理解できる力をつけることが大事。「煙を作ってください」というオーダーがあったときに、どんな煙がこのシーンに相応しいかを理解出来ていれば、2Dで作るべきか3Dで作るべきかの判断をすばやくできますし、技法が変わったからと言ってスタッフを入れ替える必要もないです。これはジェネラリストとして育成するからこそできることです。

鹿角 剛

野口:効率を上げるために分担させてスペシャリスト体制にしていても、本当に効率が良いのかどうか分からなくなってしまいますね。

鹿角:実際のところ、ハイバジェットのプロジェクトで同じようなショットが沢山あるなら分担作業の方が効率が良いと思いますし、弊社でもそういう作品では役割分担して1つのショットを作ることもあります。ただ、ローバジェットはいかに端的にゴールにたどり着くかが重要になるので、やはりジェネラリストスタイルで各々が演出のことを理解できていたほうが早いでしょうね。

野口:確かに組織規模を25人以下という考え方と合っていると思います。

鹿角:ハリウッドみたいに大きなバジェットの作品が安定的に企画されるのであれば50人・100人体制もありえますが、少なくとも今の日本映画の状況ですと規模を拡大するのにはリスクがありますね。社員を養うために仕事を取るという発想になってしまったら、何のために会社を作ったのか本末転倒になってしまうことになりますから。

実写光学合成からCG・VFX企業設立までの道

鹿角 剛

野口:鹿角さんはバックホーンを設立されるまでどのようにキャリアを積まれてこられたんですか?

鹿角:僕が東京デザイナー学院のアニメーション科を卒業して最初に入ったのは、デン・フィルム-エフェクト(※)というアナログのオプチカル合成の会社でした。僕は作画部だったのですが、夜中になると撮影部のところに行って、撮影用のPC-98にBASICでプログラムを組んで、三角形のアニメーションを遊びで作ったりしていました。4年半ほど勤めたあと、友人と映画を作る企画で1年間の兵庫県伊丹市で過ごし、その後は電力会社や工場の見学コースの展示映像を制作する会社に入社したんですが、そこに地熱発電用の地下掘削のデータをもとに地面の中を映像化する開発機として、1500万円のシリコングラフィックスのワークステーションがオペレーターがいない状態で置いてあったんです。社長には「残業代はいならないから触らせてください」とお願いして独学をしていました。そうしたら、ちょうどマルチメディアブームが来て、展示映像にもCGが本格的に使われるようになり、業務で使うということでTDI社のExploreを買ってもらいました。このときが僕の中で初めてCGを仕事にしたタイミングでしたね。

(※)デン・フィルム-エフェクト
円谷英二の下で光学合成を行なっていた技師の飯塚定雄が中野稔とともに円谷の死後に設立した企業。飯塚はデジタル時代も後進の育成を行い2015年10月、長年にわたって光学合成に従事した功績から「文化庁映画賞・映画功労部門」を受賞した。

野口:他にもCGソフトがあるなかでExploreを選んだのは?

鹿角:AliasやWavefrontといったCAD系はあまりエンターテイメント向きではなくて、Exploreの方がデザイナーが使いやすい形のCGツールになっていたんです。これは当時、ニチメングラフィックス大阪支社に行って実際に触らせてもらって決めました。それで独学でCGを勉強して、東京に戻ってゲーム会社に入りました。当時はセガサターンやPlayStationが発売される少し前で、多くの会社がCGデザイナーを募集していた頃でした。そのあとゼネラル・エンタテイメントという会社に入って、そこでは今の会社として独立するまで6年ぐらいいました。ここはプロデューサーが東映で映画をやっていた人たちで、パソコン用のゲームを作っていたのですが、他社の家庭用ゲーム機で実写を使ったミステリーアドベンチャーゲームがヒットしたので、自分たちでも作ろうとしたんです。それで大手CG会社に「実写向けのCGを作ってください」と相談しに行ったら「1分1億円です」と言われて(笑)。さすがにそれは出せないなとなったときにプロデューサーの1人が「そういえば鹿角君って、デン・フィルムにいたから合成詳しいんだよね?」って言うんです。僕がやっていたのはアナログ合成で、デジタル合成はやったことないと言ったのですが「原理は一緒でしょ?」って(笑)。それでしょうがないから色々調べてAfter Effectsを勉強して、シリコングラフィックスのIndyでPowerAnimatorを使ってCGを作って合成して、何とか完成させました。これが僕にとってのデジタルVFXの始まりでした。

鹿角 剛

野口:その後も実写系のゲームを作られたんですか?

鹿角:そうですね。PlayStation 2 でも実写系のゲームを2本ぐらい作って、まあまあヒットしました。その派生で実写のVFXをやるようになったんです。『ポルノスター』(1998年)とか、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』(2000年)に参加しています。その後、ゲームが斜陽になって部門を解体してしまい、会社としては映画に本腰を入れることになりました。これからの映画はCGが多用されるから、鹿角は残ってほしいという話があったのですが、相談役みたいな感じで現場からは離れそうな形だったので、それだと情報も入ってこないし実戦経験も積めないから独立することにしました。ただ、お世話になったので映画でCGが必要になったら協力するとお話しました。その後、2003年にその会社が撮った『黄龍 イエロードラゴン』というアクション映画が僕がフリーになった一番最初の映画になります。

野口:独立されたときに機材はどうされたんですか?

鹿角:その映画はけっこうCGのカットがあってCG予算が当時としてはあったので、そのお金を元手に買いました。ただ、事務所費用がもったいなくて、すべてを映像を作るお金にしたいと思っていたんです。だからデータのやり取り用にFTPサーバーを立てて、スタッフには自宅で作業をしてもらっていました。20年くらい前のリモートワークです(笑)。

野口:そのときはもうバックホーンという会社組織になっていたんですか?

鹿角:会社設立はもう少し後です。少しずつCGの仕事をしていたら『黄龍』の美術監督のつながりで円谷プロダクションから『ウルトラQ dark fantasy』(2004年)のお話がきました。これは円谷にとって初めて深夜枠で、メインのウルトラマンは円谷のCGチームが担当していたので僕らに来たというわけです。それが26話分あって、受注額がどんどん大きくなって税金とかスタッフへの支払いが個人ではできない規模になったので、会社を設立した形です。

野口:僕は佛田洋(※)さんから「大泉学園にすごいVFX会社がある」とうかがったのが最初でした。大泉学園にスタジオを構えたのはいつから?

(※)佛田洋
1961年生まれの特撮監督。特撮研究所の代表を務める。同社で長年に渡り仮面ライダーシリーズ、東映スーパー戦隊シリーズを手掛ける。『スーパー戦隊 純烈ジャー』(2021)監督。

鹿角:大泉学園に来たのは設立から4〜5年経ったときですね。ここが最初の事務所でした。上石神井の自宅のマンションで作業をしていたら、だんだんとスタッフが来る用事が増えてきて、さすがに事務所を借りようと、近所の大泉学園に借りたんですが、これが業界のあるある話で、撮影所に近づくとなぜかそことの仕事が減るという(笑)。その頃は『ウルトラマンマックス』(2005〜06年)の仕事をしていました。その前のシリーズが3クールで打ち切りになって、急遽新しい別のCGチームを呼ぶ必要があったので僕らに声がかかってきたんです。当時の円谷プロダクションとしては画期的な合成方法とか3Dトラッキングとか先進的な試みをいくつも導入しました。それは板野一郎さん(※)が映画『ULTRAMAN』(2004年)から頑張って新しい取り組みを続けていたお陰でもあります。『マックス』にもいろんな監督が参加していたので、そこでいろんな営業窓口がつながったみたいな感じはありましたね。その後、いろいろな作品でお世話になった特殊造形監督の西村(喜廣)さんが、新しい発想の制作チームを作らないかというので、練馬区の平和台に倉庫を借りて西村映造が制作会社になり、特殊造形の会社、僕らCGの会社で「パバーングループ」を結成して一つの建物の中で作品を企画から仕上げまで作ることを3年ぐらいやっていたのかな。それから大久保の駅前に約3年で、ここはマンションだったので電気容量の限界が来て、人も徐々に増え始めてきたので、今の飯田橋に会社を構えました。もう5年になりますね。

鹿角 剛

野口:鹿角さんのCGに関わるお話を聞いていて、常にご自身で新しい道を切り拓こうとされている姿勢を持ち続けていらっしゃるなと感じました。

鹿角:実際上手くやれてるかどうかわからないですけど、常に面白いと思ってもらえる事を考えています。過去のインタビューでも答えたのですが、僕は単に人の感情を揺り動かしたいだけなんですよ。自分が仕掛けたことで人が感情を揺り動かされているのを見るのが楽しいんですよね。だから、会社経営とかVFXやCGをやりたい! という気持ちよりも、手品や大道芸、落語やお芝居にも興味がある。映画やドラマでセリフありの出演を頼まれることもありますよ。自主制作をやっていたときの知り合いの監督に頼まれて出た短編で、夜中にタンスからいきなり現れる謎の男役とか(笑)。

(※)板野一郎
1959年生まれのアニメーター。『伝説巨神イデオン』や『超時空要塞マクロス』の空戦シーンを手掛け「板野サーカス」と呼ばれる画期的な映像を生み出し、シーンに絶大な影響をもたらした。CGも早くから取り組み、アニメ作品やゲーム、実写映像にも導入し、現在はグラフィニカで後進の育成を行っている。

日本VFXに必要なのは「監督との共犯関係」

鹿角 剛

野口:バックホーンさんが会社として目指しているスタイルは何かありますか?

鹿角:大手の同業他社と違い、「バックホーンクオリティ」というものは、あるようでないんです。松コースの予算があるなら松コースが作れます、竹なら竹といった感じで、それぞれの予算に応じた作り方ができる体制でいたいと思っています。でも、組織が大きくなるとデザイナーたちは自分のパートの技術面だけに目が行きがちで、梅コースのつもりで始めても、気づいたら松コースになって予算がハマらなくなってしまうということが起きたりします。予算がない時は、マスクの精度はイマイチでも面白く見せるにはどこに注力したらいいかという発想にしないといけません。松だったら松の品質を、梅だったら梅なりに良いものをという風に頭を切り替えられるようになって欲しいなとは思っています。

野口:今のスタッフさんに松竹梅のことは伝えている?

鹿角:伝えています。若いスタッフは予算を言われても実感が無いので、作業の注力の仕方を伝えています。ここだけはこだわって、あとは多少アバウトで良いと。そうしないと、ハイバジェット作品のときにマスクの端っこまでチェックされ、次がローバジェットになったとき、今度は割り切って作れと言われて混乱してしまいますから。

野口:予算についてプロデューサーや監督とはきちんと話し合いますか?

鹿角:プロデューサーは、もちろんですが、日本において監督と具体的な金額の話をすることは慣例的にあまりないですね。でも、明らかに台本の内容とプロデューサーに言われている予算があまりにも合ってないなと感じるときは、監督にもぶっちゃけた金額の話しをすることがあります。そうしておかないと、熱意を持ってこっちにやりたい事を伝えてこられても、結局失望させる結果になってしまいます。伝える際には「この予算で最大限できる見せ方を一緒に考えましょう」と、共犯関係を作るようにすることが大事なんじゃないでしょうか。予算を伝えるとビックリされることが多いです。ある監督はプロデューサーに掛け合ってくれて、2倍ぐらいの予算になったこともあります。監督がやりたいことと予算がだいたい合致している場合は言わなくて済むのですが、ただあまりにお金の話をしないのも、かえってみんなが不幸せな結果になるんじゃないかと思います。

鹿角 剛

野口:全くその通りですね。

鹿角:これは『スターウォーズ』エピソード8のブルーレイの特典映像にドキュメンタリーとして入っているのですが、監督のライアン・ジョンソンは低予算映画から大抜擢された人物ですから、ハリウッドの超大作の予算の使い方を知らなかったようで、彼がどうやって予算を決めていくかが克明に撮られています。バーのシーンで異星人がたくさん出てきて、この衣装の予算がいくらで……と逐一議論をしていって、最終的に150億円になって、最後に分厚い予算書にサインをするという、一般的な特撮やCGづくりとは程遠いメイキング映像ですけれど(笑)。そんな風に、ハリウッドってビジネスとして、お金と作るもののバランスのことを正面切って話すんだなと思いましたね。

野口:現在の日本の場合、VFXプロデューサーとVFXスーパーバイザーがセットになって映画に取り組むので、お金のことを見る人、お金を見ないでクオリティを追求する人という形になって、互いの事情を細かく知らないままことが進んでしまうことがあるようです。

鹿角:弊社の場合、VFXスーパーバイザーが立つ作品のときは基本的にVFXスーパーバイザーが見積書も書きます。外注仕事の場合はCGディレクターがトップになるのでその人物に工数を出させさます。そのトータル工数で人月を割り出して、プロデューサー的な立場の人間が金額に変換します。その額面もディレクターが確認しています。

野口:工数を出すということは1人がどのぐらい仕事できるかも見通せているんですか?

鹿角:そうですね。どのランクのデザイナーを何日拘束すると幾らになるかを自動計算できるようにスプレッドシートで組んでいます。最近では最初に台本をもらったときにプロデューサーからCGやVFXを使いたい場所を聞いて、それに応じて大まかな工数が出せるようにしています。もしくは、先にCG予算を聞いて、それに応じてどの程度CGを使うかをこちらから提案します。僕はアナログの特撮の経験もあるので、無理してCGを使わなくとも現場の仕掛けを上手くすることで経費削減ができるようなことも提案できます。「この部分まで特殊メイクでやってくれたら、CGはそれ以降だけ済みますから安くできますよ」といった具合に。この間も、ある作品で打ち合わせに行ったときにどんどん「こうしたら良いんじゃないですか?」と、提案していったらプロデューサーから「めちゃくちゃ話が早いですね」と言われました。『映像研』をきっかけに企画を考えてオファーしてきてくれたところは、きちんとVFX予算を組んでくれているので、そういう感じで業界全体が好転してくれればいいなと思っています。

鹿角 剛

野口:今後もバックホーンさんは基本的にVFXを主流にお仕事をしていく考えですか?

鹿角:会社としてはVFXが基本的な業務としてありますが、自分たちでIPが持てるような制作会社的なこともしていかなければいけないかなと考えています。2016年に『MAX THE MOVIE』という30分のオリジナルスラップスティックコメディの企画が立ち上がったときに、弊社が制作会社になって、その際には企画から僕がプロデューサーとして入りました。それは何で行なったかというと、まずは作品制作を自前でやるとどういう事が起こるか知りたかったからです。いきなり100分の長尺物は大変ですから。それで分かったことは、今、無理して制作をする必要はないなということ(笑)。ギャランティや労働環境をちゃんとしようとすると、今の日本の予算感覚では厳しすぎるんですよね。誰かに無理を強いるか、クオリティを落とさないと予算にはまらない。ただ、どうやれば映画が作れるのかのノウハウは一通り分かりました。だから、まず安定的にVFXの仕事をしつつ、時には『映像研』のように注目を集めそうな作品のときはある程度予算を度外視して、低予算でも面白そうな企画があればプロダクション業務もやれたらと考えています。

鹿角 剛 取材

鹿角 剛
かづの つよし:1966年生まれ、秋田県出身。スタジオ・バックホーン代表取締役、VFX プロデューサー、VFX スーパーバイザー。1986 年にオプチカル合成会社デン・フィルム-エフェクトに入社後、映画『帝都物語』、『孔雀王』、『夢』などのVFX やタイトル制作に携わる。その後、展示映像のシステム開発、ゲーム開発の会社を経て、2004 年にVFX を中心とした映像制作会社スタジオ・バックホーンを設立。代表作に『片腕マシンガール』、『チーム・バチスタの栄光』、『電人ザボーガー』、『ウルトラマンサーガ』、『めめめのくらげ』、『不能犯』、『牙狼-月虹ノ旅人-』、『惡の華』、『全裸監督』、『異世界居酒屋のぶ』、『牛首村』他多数。
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INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田充
LOCATION : スタジオ・バックホーン

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