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INTERVIEW インタビュー

3DCGの未来
〜CGアニメとメディアリレーション〜

【第35回/2019年8月号】
平澤直(プロデューサー)

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。「3DCGの未来 ~CGアニメとメディアリレーション~」とリニューアルをし、CGアニメと関係するさまざまなメディアのキーパーソンにお話をうかがっていく。今回は気鋭のアニメプロデューサー平澤直氏。ビデオメーカー、作画アニメスタジオ、CGアニメスタジオとさまざまなキャリアを積んで独立した平澤氏は、それらの知見を活かし文字通り世界を相手にしたビジネス展開をはかる。20年ぶりに訪れたというアニメビジネス大変革期をどのように迎え撃つのか、技術開発にも特色を打ち出す新会社ARCHのビジョンを聞いた。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
Supported by EnhancedEndorphin

アニメ業界に研究者・エンジニアを呼び込むための「放課後R&D」施策

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):まずは平澤さんが代表を務められているARCHのことを教えて下さい。アニメーション作品のプロデュース会社という理解でよろしいでしょうか?

平澤直(以下、平澤):はい。大先輩として挙げるなら、ジェンコ(※)さん、エッグファーム(※)さん、ツインエンジン(※)さんのような作品プロデュースの会社です。弊社が担当するプロデュースというのは、アニメを作りたいけれどもノウハウがない企業からオーダーを聞いて、信用できるスタジオを紹介して、橋渡しから完成・納品まで責任を持つ仕事がひとつ。もしくは、優れたクリエイターはいるけれども元請けとしてはこれから、の会社に対して、不足している機能を提供することを仕事にしています。

(※)ジェンコ
‘90年代に創業したアニメ・映画プロデュース会社の草分け的存在。代表作に『この世界の片隅に』、『おねがい☆ティーチャー』、『とらドラ!』など。

(※)エッグファーム
ジェンコから独立したアニメプロデュース会社。代表作『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかII』など。

(※)ツインエンジン
「ノイタミナ」の編集長を務めていた山本幸治が設立したアニメプロデュース会社。グループ会社のスタジオコロリドやジェノスタジオ作品以外にも、『からくりサーカス』( studio VOLN制作)、『ヴィンランド・サガ』(WIT STUDIO制作)などのプロデュースを行なう。

野口:最近の例で言うと、東映アニメーションでは『ジャーニー(The Journey)』(※)というサウジアラビアの作品の共同プロデュースをお願いしています。これはどういった経緯で作られている作品なのでしょうか?

平澤:もともとはサウジの王族に『ワンピース』がお好きな方がいらっしゃって、プロデューサーに会いたいと東映アニメさんを訪ねてきて、その流れでアニメを作ることになったというのが経緯だと聞いています。東映アニメさんは社内の制作ラインが埋まっているので、横浜アニメーションラボさんと弊社が共同で作品のプロデュースをお手伝いするという形です。内容は、アラビア地域では有名な昔話で、信仰する宗教の分け隔てなくご覧いただける内容になるように努めて企画・制作しています。近年急ピッチで映画館が建てられているサウジ国内で2020年に劇場公開されるだけでなく、国際的な映画祭に出品することも検討されていると伺いました。

(※)『ジャーニー(The Journey)』
監督・静野孔文(「シドニアの騎士」、劇場版『名探偵コナン』シリーズ)、脚本・冨岡淳広(『ポケットモンスター』シリーズ)、キャラクターデザイン・岩元辰郎(ゲーム『逆転裁判』シリーズ)、音楽・和田薫(『金田一少年の事件簿』シリーズ)。制作はサウジアラビアのアニメ制作会社マンガプロダクションズと共同で行なわれる。

平澤:あとは、アニメプロデュース会社の新参者として技術開発に手を出しています。ACM(※)に属するユーザーインターフェースや、ヒューマンコンピュータインタラクション、CGなどの学会で発表されている論文について社内で情報共有しているほか、日本のアニメ産業及び隣接する領域でR&Dを行っている研究者やソフトウェアエンジニアの知見を「アニメ技術」という冊子にまとめ、エンジニアのコミケとも呼ばれる「技術書典」で頒布しています。あとは、Webブラウザベースで絵コンテを描けるようなシステムを構築中です。これまでですと紙に書いていたので、カットの順番を入れ替えたいときに困ったりと、物理的な制約が多かったんです。それらに対して『翠星のガルガンティア』でご一緒した村田和也監督(※)から要望を出してもらって、実装をしている最中です。年度内にはクローズドベータを出して、もう1回モックを作ってそれをツールとして実際に短編アニメを作る予定です。さらにそこで得た知見をまとめて学会に論文提出をする予定です。

(※)ACM
Association for Computing Machinery コンピュータ科学分野の国際学会。

(※)村田和也
スタジオジブリ出身。代表作に『正解するカド』(総監督)、『翠星のガルガンティア』(原案・監督ほか)、『コードギアス 反逆のルルーシュ』(副監督ほか)など。

野口:日本のアニメの場合、研究開発に投資をしている会社は少ないですし、制作現場と乖離しているのが課題と言えます。

平澤:その通りだと思います。ゲームの業界には当然、研究者もエンジニアもいるんですよね。でもアニメの業界になるとなかなかエンジニアがいない。弊社では、加藤淳さんという産総研で創作支援やユーザーインターフェイスの研究をしている人に、お仕事の傍ら技術顧問として入ってもらっています。他にも、アニメを仕事のすべてにするのは難しいけれども、協力したいという方に向けて、メインの仕事が終わった後にちょっとサードプレイスとしてARCHを使いませんかという提案をしています。これを「放課後R&D」って呼んでいるんですけど(笑)。

野口:それはまさに、働き方改革が起きている今の時代だからこそできることですね。

平澤:そうです。まさに、副業的。ようやく働き方改革への対応や統合開発環境の構築がアニメ業界に必要になってきたこのタイミングで、こういう人を呼べるのがいいんだろうなと。弊社ではプロデューサーとは、クリエイターのみならず、エンジニアも支える人だと定義しています。これができれば面白い会社になるのではないかなと考えます。

CGスタジオと作画スタジオの差は縮まっている

野口:ここで改めて平澤さんご自身のキャリアを教えていただきたいのですが、それまで作画のアニメの会社にいて、CGのサンジゲンに転職をされて『ブブキ・ブランキ』と『ID-0』のプロデュースを手がけられました。

平澤:新卒で就職できたのはバンダイビジュアル(現バンダイナムコアーツ)さんで、4年半おりました。その後、Production I.Gさんに8年半お世話になりました。そのときに感じていた問題意識は、手描きでこれ以上ハイクオリティな映像を作っていくことができるのだろうかということと、「再生産性」だったんです。とくに後者は、作品がヒットしてもしばらくはラインが埋まっていて、続編を作れるまで時間がかかるから、お客さんが待ってくれずに機会損失を起こしてしまう傾向が今後顕著になるのでは? という問題意識がありました。またこれからスマートフォンにシフトしていく上で、制作をいかにスピーディーに行えるかが勝負だと考え、CGのアニメスタジオで再生産性を確保した映像制作の可能性を探っていきました。

野口:率直に、手応えはいかがでしたか?

平澤:基本的には良いことの方が断然多かったです。ただ、CGベースのアニメ制作はインハウスの比率が比較的高く、手描きアニメほど他の企業やインディペンデントのクリエイターとの連携をたくさんやるわけではないので、多くの量を作ろうとするときにはやっぱりインハウスの人材をちゃんと育成する必要があります。そしてインハウスがゆえに当然スケジュールも厳密に割り算していかなければならない。企画屋として見たときに特に直面しがちだったのは、モデリングの物量とどう向き合うかという課題でした。

野口:それはキャラクターの数が純粋にイコールでコストになっていく、ということ。

平澤:そうですね。カット単価だけ考えるのではなく、その前のモデル作成の費用から考えていく必要があります。手描きのアニメに比べて作品に登場するアセットも厳密に決める必要があると改めて感じました。たとえば、CGでアニメーションさせたいなら、ほんの数カットしか出てこない衣装のためであってもモデルを用意をする必要があるんです。サンジゲンさんの場合はデジタルの作画班がいたので、既存モデルにかぶせて描いてしまえばよかったんですけど、それが潤沢にできるようなスタジオでないとTVシリーズは厳しいかもしれません。ただ、実際問題として今時深夜アニメでCGが0%ということもなければ、手描きが0%ということもないので、作品ごとに最適な配分比率と、組むべき才能があると思います。その選択肢をひとつ見せてもらったのは大きな収穫でした。3DCGのモデルをさらに使う目論見があるプロジェクト、たとえば『荒野のコトブキ飛行隊』みたいにアプリゲーム化が決まっているとか、遊技機の映像が決まっているといった、モデルをどんどん利用していくタイプのIPであれば、さらにCGのアセットを増やしていくことに積極的になっていくんだろうなという気はしますね。

野口:先ほどの再生産性の話でいうと、今おっしゃったようなゲームへの活用は良いのですが、アニメの2期3期という意味ではまだまだ課題があるのではないかと思うのですが。

平澤:おっしゃる通りですね。新キャラとか新衣装とか、そうすると意外と再生産のときもモデルを作る必要が出てきて、ひょっとしたら一番CGに向いているのは『サザエさん』のような登場人物とその衣装が限定されたアニメかもしれません(笑)。その意味で、『団地ともお』(※)は登場人物がある程度固定されていて、ストーリーもほとんど団地内で展開されるから、実にCG向きの作品だったと思います。もう一つ、アニメの企画屋としてCGベースアニメの特性を言うと、終盤に行くにつれてアニメーションのクオリティがどんどん上がるんですね。ワークフローなどの積み重ねも機能していくし、作ったカットのデータは再利用することもでき、プラスオンする形で次のカットが作られていくので、だんだん演技がこなれてきます。それぞれのカットの制作スピードそのものも速くなるし、クオリティも上がっていく。そこが手描きとは随分違うなと感じました。ジャンルとしてもフォーマットとしてもうまい住み分けがこれからされ始めるだろうなと思います。

(※)『団地ともお』
架空の団地「枝島団地」とその周辺地域を舞台として、主人公ともおを中心とした日常を描く。アニメ作品は2013〜15年にNHKで放送。制作は小学館ミュージック&デジタル エンタテイメント。監督・渡辺歩。

野口:ただ、今は働き方改革の影響でコストがどんどん上がってきているんですよね。今まで CG はある程度、元々のアニメの予算に近づけて近づけてやろうとしてきたけれども、「やっぱりCGって高いよね」という考えが再発している気がするんですよ。そうすると、「やっぱり作画の方がいいじゃん」となるのではないかと。

平澤:そうですね。 CG ってモデリング代が高くついたり、後半になると良くなるけれども最初はけっこう時間がかかるし、小回りも利かないので「その特性をどう活かすべきなのかな」という感触があったのは事実です。だから、 CGベースのアニメは大きなゲーム会社さんなどのお金が出せるところを軸に作られていたんですけど、手描きアニメの制作費も働き方改革の影響で上がり始めて、差が埋まりつつあるんです。たとえば、これまではTVアニメの各話に対して制作進行は1人だったのが、残業や不規則な労働が少なくなるように2人立てるようなスタジオもでてきている。だから、実は手描きアニメもけっこう高くなってきているんですよ。

野口:手描きで描ける人も減ってくるから、相対的に描ける人の単価も上がっていくし。

平澤:これがどのあたりで均衡点を見るのかっていうのが、今アニメ全体で注目されているポイントではないかと。さらに働き方改革に対応するうえで、特定個人の長時間労働を改善するためにも、個々の職種の属人性をどう下げていくかという問題にも直面します。その面でも開発環境への投資が始まります。たとえば、SHOTGUN を使うことで、たとえば制作進行がインフルエンザにかかって出勤できなくなってしまっても、他の人が代わりに進めておくことが比較的容易になります。もちろん、実態としては入力するためのデータ整理みたいな労力が必要になるので、必ずしも人手が少なくなるわけではないのですけど、少なくとも属人性は下がる。

野口:SHOTGUNの費用なんて、これを使うことで残業代を削減できるとなればあっという間にペイできますよね。それも含めて、これからアニメスタジオがどうやってもデジタルを導入せざるを得なくなるんですよね。仕上げの方からだんだんとデジタル化が進んできて、いよいよ作画まですべてデジタルになろうとしている。

平澤:まさに、工程を遡ってきたんですよね。これでほぼすべての素材をやろうと思えばデジタル上で一元管理できるという話になってくる。CGが割高であるというのは事実ですけど、手描きも割高にならざるを得ない。作画もデジタル化せざるを得ない空気がだんだん出てきて、インハウス化が進むとインフラにお金をかけなければならない動きが出たりするし、社内の独自インフラを強化したりすることで、結果的にスタッフの離脱を防ぐという考え方もできるようになる。見方を変えると、ゲーム会社さんが10年以上前からやっていることがアニメスタジオに起こり始めているとも言えるのかもしれません。

アニメ業界 20年に一度の大きな変革期

平澤:自分は「アニメ業界20年に一度の大きな変革期」だと思っているんですよね。3,4年前から地殻変動が表面化して来ていて。その変革期の一つが、作り方の変化なんですよね。後はお客さんへの届け方と、お金儲けの仕方の変化です。

野口:順番に教えてもらえますか。 まずは、作り方の変化ですか?

平澤:アニメスタジオを価格競争力と制作以外収入のあるなしをx軸とy軸で分類すると、

深夜アニメを作るスタジオって、基本的に右下(価格競争力−なし、制作以外収入−なし)から始まって右上(価格競争力−あり、制作以外収入−なし)に行って左上(価格競争力−あり、制作以外収入−あり)に行くんですよ。でも、だいたい左上に行くまでの間に時間が経って若い人が独立してしまう。なぜかというと会社が大きくなったときに創業世代の賃金カーブ・賃金上昇を賄うために若手にしわ寄せがいって、頑張っていてもそれほどもらえていないと気づくから。そうやって独立した優秀なスタジオは得てして競争力があるので、Netflixをはじめとする海外資本の配信会社や、海外のゲーム会社が高値で押さえにかかっています。その結果として、右下(価格競争力−なし、制作以外収入−なし)の象限にいたアニメスタジオというのが苦しくなり始めている。2017年、2018年はアニメ制作の市場が拡大する一方で、スタジオは統廃合の時代に入っているというのが実情ですね。実はスタジオの倒産件数も増えているんです。これもいわゆる産業の変革期がゆえと言えるかもしれません。これが、アニメ制作産業に訪れる作り方の変化の一つです。

野口:次にお客さんへの届け方というのは?

平澤:メディアのシフトです。映像メディアは古い方から順に、劇場、テレビ、PC、スマホ、そしてARメガネへと進んでいくと思っていて、ゲームの主戦場はもう完全にスマホにシフトしているといっていいでしょう。アニメの場合、スマホ視聴に最適な映像がショートアニメだと考えました。

野口:平澤さんがプロデュースした『ウルトラスーパーアニメタイム』(※)はすごいなと思いました。ああやって枠を分ければチャレンジングな作品もできるし、30分枠と見やすくなる。さらにショートアニメでは『モンスト』をYouTubeに上げるという試みをされましたが、追随する作品がまだあまり多くない現状ではあります。

(※)ウルトラスーパーアニメタイム
ウルトラスーパーピクチャーズの企画で2015年7月から1年間放送されていたアニメ枠。各クールで30分枠にショートアニメが3作品放送される形式。『ミス・モノクローム -The Animation-』、『ハッカドール THE あにめ~しょん』、『宇宙パトロールルル子』など。

平澤:そうですね。ショートアニメに至ったのも、自分自身が毎クール新作をたくさん見るのが大変で、お客さんにとって「週1回、1話20分」が本当に適正だろうかと考えたからなんです。アニメも作品数が増えて、さらにいえば、お客さんにとってアニメの他にもいろんな誘惑があるなかで、お客さんの可処分時間に対して視聴可能な作品の量が増えています。だったらもっと短い時間で楽しんでもらえるようなものが必要なんじゃないかと。スマホで見るなら、 YouTuberのように10分未満でも人は心を動かせられるのではないかと思って、その実験として行なったのがウルトラスーパーアニメタイムであり、つき詰めたのが『モンストアニメ』です。『モンスト』も、元々ゲームをスマホで楽しんでいるユーザーさんが多いのだから、スマホ内で見られるようにしたほうがモンストという体験を豊かにすると思ってYouTubeで上げるという形を取りました。友達に勧めるのもYouTubeのURLを送ればいいだけですからね。自分が担当したシリーズでは、平均で300万回ぐらい再生がありました。良いときで70%ぐらい最後まで視聴されていたので、200万人ぐらいは7分の動画を最後まで見ていただけたことになるので、お客さんに寄り添った視聴体験をできたんじゃないかと思っています。

野口:一方で、7分という時間は監督からすれば表現する上で物足りないというジレンマは?

平澤:実際あったんじゃないかと僕も思います。結局はどんどん伸びていって、10分を超えるような回もありました。これは別の考え方でいえば、厳密な定尺を出さなくていいということで、監督さんにとって、表現したいものをより表現しやすくなっているんです。お客さんの必要なスピード感、求めている視聴メディア環境ということを考えたときに、ああいった試みがあったというわけですが、大きくは全部、20年に一度の地殻変動にどう対応するかのサブイシューなんです。CGベースに移行して再生産性を上げるのも、短い尺に挑戦するのも、ほとんどがそれの一端として自分なりの回答です。技術の開発をするのもそうだし、自分が会社を起こした理由もそうですね。

野口:20年に一度の地殻変動というのは?

平澤:今のひとつ前の地殻変動って、深夜アニメ・製作委員会モデルなんです。『新世紀エヴァンゲリオン』がビデオを売ることに成功して、「視聴率が低くてもいい」ということになり、深夜の再放送枠で後続作品が商業上の結果を出したことによって、深夜アニメ枠が実質的に始まっていく。つまり、ビデオメーカーを幹事とした製作委員会システムが深夜アニメというジャンルを産んだというのが、今から約20年前ですね。その後は、クオリティが上がったり、ニコニコ動画ができたり、SNS時代に合わせて宣伝手法を洗練させたけれど、基本的にはビデオグラムが売れるかどうかの戦いでした。そして20年ぶりに、作り方も視聴環境も、そしてビジネスの仕方も全部変わってきています。

野口:これから配信の時代になって、どこへいくのか。小さいものもあるけど、Netflixで長い作品を一気に継続視聴するという選択肢も増えてきていたりするので、両サイドに行くようになるのでしょうか?

平澤:大きな流れでいえば、20年間の深夜アニメで蓄えられた才能のうち、ある才能は劇場アニメに挑戦し、ある才能は配信サービス向けのアニメに挑戦している状況です。伊藤智彦監督は、『ソードアート・オンライン』の成功の元、9月にオリジナル劇場作品『HELLO WORLD』に挑戦します。その前には長井龍雪監督が『とらドラ!』、『あの日みた花の名前を僕たちはまだ知らない』から、『心が叫びたがってるんだ。』でオリジナル劇場作品デビューしています。そして配信サービスのほうでいえば、どの地域のどんなお客さんに向けて、どの会社からお金をもらって映像を作るか。さらにいえばゲーム産業が乗っかってきて「さあどこと組む?」という時代ではあります。そこでキーになるのはやっぱり、深夜アニメ時代に培ったクリエィティビティだと思っています。

ブロックチェーンで変わるアニメビジネスとプラットフォーム争い

野口:7月のAnime Expo 2019で発表した、アニメ映画『微睡みのヴェヴァラ』について教えて下さい。世界初となるブロックチェーンを活用した、とありますが、どのように使うのでしょうか?

平澤:映像配信サービスに、ブロックチェーン方式を使うんです。トークン(認証コード)を持っている人が映像をストリーミング視聴できる、また、映像のみならず画像などの特典物も閲覧できるというサービスですね。いつでもストリーミングで見られるブルーレイパッケージみたいな感じなんですよ。

野口:それって、Netflixとはどう違うのでしょう?

平澤:Netflixは月定額で払っている人がサーバーにアクセスしますが、ブロックチェーンの配信アニメは、ブロックチェーンの「トークンを持っている人」に届くので、このトークンを他人に売ることができるんです。たとえば、僕が野口さんにトークンを売ると、僕はもう見られなくなる。

野口:ああ、まさにブルーレイディスクを人に売ったら自分は見られなくなるかのように。でもそれだと使い回されてメーカーは儲からないのでは?

平澤:いえ、2回目以降の売り上げも、一定のパーセンテージで権利者に利益が入るようにしています。ブロックチェーンはそのデータも全部追跡することができるんです。他にもあとからトークンを持っている人だけに向けて、追加特典を販売したりもできます。そうするとさらにトークンを欲しがる人も出てくるでしょう。

野口:なるほど、これがブロックチェーンなんですね。誰にどうしていくらで売っても見える。

平澤:そうです。誰が今持っているかも分かるし、もしユーザーが許可してくれるなら、その人達にメールを打つこともできます。つまり、データが手に入るんです。配信業社によってはプラットフォーマーの持っているユーザーのデータをくれないところもあります。そういうところと組むと、自分たちでマーケティングできないから、長期的にはジリ貧になります。だから我々はデータを取れるブロックチェーン配信アニメの第1弾を公表するお手伝いをしたわけです。

野口:このプラットフォーマーとディベロッパーの関係はアニメに限った話ではないですよね。

平澤:そうですね。出版もゲームもそうだし、ユーザー数とユーザーへ提供する体験価値を武器に、競争優位を築いてくるプラットフォーマーとどう戦うかというのが、世界中のディベロッパーたちに課せられたポイントです。逆に映像やコンテンツそのものが、プラットフォームになれるかどうかが大事だと思います。かつて、任天堂さんは自社ソフトだけでなく他社にもソフト開発を許可することで“プラットフォーム”になりました。一方、現在では、たとえば『フォートナイト』(※)というゲームタイトルがまるで“プラットフォーム”であるかのようにお客さんとの信頼関係を構築するように自分には映っています。

(※)『フォートナイト』
世界中で2億人以上のユーザーを持つTPSゲーム。100人同時のバトルロイヤルモードが人気。

野口:どういうことでしょう?

平澤:『フォートナイト』は、PS4でも Nintendo Switch でもX BOXでもPCでもスマホでもプレイできるんです。だから、ユーザーは従来ゲーム業界において“プラットフォーム”だと思われていたハードウェアに縛られなくなりました。むしろ、『フォートナイト』のeスポーツ大会やイベントの動画といった、いろんなものでお客さんとのタッチポイントを作って、お客さんは『フォートナイト』を制作したEpic Gamesの方にこそ信頼を置いています。つまり、従来支配的な地位であったハードウェアメーカーを入力機器のポジションへと変えてしまったんです。

野口:それはアニメでも起こり得る話ですね。アニメのゲーム化ではなく、ゲームありきのアニメみたいな。

平澤:おっしゃる通りで、日本の例でいうと『ヒプノシスマイク』(※)はアニメもゲームも無しでプラットフォームになってしまった。TwitterアカウントにもYouTubeチャンネルにも50万人のお客さんがいますから、こうしたお客さんとのタッチポイントをどう使いこなすのか、今後の展開に注目しています。こういうプラットフォーマーとの戦いが1つ。もう1つは非公式な二次創作をどう取り込むかが、日本のIPにおける戦略です。

(※)『ヒプノシスマイク』
キングレコード内レーベル・EVIL LINE RECORDSが手掛けるプロジェクト。
男性声優が演じるキャラクターたちがラップミュージックを歌い、その音楽ビジネスを中心に展開していく。
2017年9月に始動して以降、女性ファンに爆発的な人気を獲得。2018年11月にはオリコン週間アルバムチャート第1位した。

野口:でも非公式のものからは収入を得られませんよね?

平澤:はい。ただし、ブランディングにも使えますし、今後のブロックチェーン技術の発展によっては追跡ができるようになるので、認証タグに近いようなものからワンフェスのような一日(個人)版権のようなもので距離を近づけることもできるんじゃないかと思っているんです。新しい技術をどう既存の企業に取り込んでいくかは、CG技術でアニメづくりをバージョンアップさせるという点において同じだと思います。

野口:自分も含めた昔のプロデューサーは、感覚・経験値だけでやってきた気がしているのですが、もはやこれからの時代は感覚では無理になってくると思います。先ほどの技術書典や論文についても平澤さんはきちんと行おうとされているのが、新しい時代のプロデューサーだなと感じました。知識やノウハウの書類化・文章化のポイントについてお話を聞かせてください。

平澤:プレイヤーの種類や幅が増えてきたので、やはり合意形成や、その前段となる言葉を同じように理解するということに、時間がかかり始めているんですよね。これまでの話でも、たとえばサウジの人が入ってくるとか、ゲーム会社が入ってくるとか、エンジニアが入ってくるとか、それぞれ違う言語体系とか、別々の評価基準の中に生きてきた人達なので、まずは言葉の定義と評価基準をどう捉えるかが必要で、ARCHみたいな会社はそこにこそ価値を発揮しなきゃいけないなと思っているんです。英単語のARCHというのにはいくつか意味があるのですが、その一つが「門」という意味で、どなたでも安心して通れるようなアニメ業界の門でありたいというのがARCHの社是なので、どんな業種の人が来てもどんな産業、国から来ても、アニメ産業とうまくやれるようにしたいというのがポイントになります。

野口:なるほど。その状況が変革期であると?

平澤:20年に1度の変革期というのは、プレイヤーの変革期とも言えるので、そこをどう戦っていくか。エンターテイメント産業全体で言うと、映像産業はゆるやかにゲーム産業、言い換えればインタラクティブなエンタテインメントに飲み込まれていくと思っています。実はCGもR&Dも、ゲーム会社のほうが得意なんですよ。スマホ対応も得意だし、お客さんを主人公にさせるのもゲーム会社の方が得意。個々のお客さんを主人公にしてそれぞれの人生に意味を提供するという、今強く求められている価値の提供は、ゲームの方がずっとやってきたことなので、ゲーム産業が今後も拡大を続ける市場規模を背景に、映像産業を部分的に取り込んでいくという流れになっていくと考えます。それの最新事例のひとつが『七つの大罪』のアプリゲームで、この映像の出来が「勘弁してくれ」ってくらいに凄まじいんですよ(笑)。インタラクティブなゲーム体験とリニアの映像体験が、より密接に関わってくる時代になります。『ジュラシックパーク』や前後のハリウッド大作が映像体験の向上においてCG技術が不可欠であるとルールを書き換えたみたいに、一旦はしばらく開発環境への投資も含めた開発費、映像制作の前段にどれだけ潤沢に投資をしたかがモノを言う時代が来ると思います。でも、その後は自分たちなりの戦い方で、もう一回日本のポジションを作っていくかの勝負になるので、それまでにきちんとIPを開発しておく必要があると思います。もうちょっと少ない予算でも、日本独自の面白さや戦い方、ポジショニングを獲得できるかが今後の肝になると思いますね。幸い、ゲーム産業とアニメ産業の融合という点で言うと、アメリカよりも韓国や中国、日本を含めた東アジア地域の方が進んでいるという見方もあって、日本にもまだ強みがあるように見えているんですよ。ここを突破口にすると、意外に何か日本独自の得意技ができるかもという気がしています。

平澤直
ARCH株式会社代表取締役。バンダイビジュアル株式会社(現:株式会社バンダイナムコアーツ)、株式会社プロダクション・アイジー、株式会社ウルトラスーパーピクチャーズを経て独立創業。過去プロデュース作品は「猫がくれたまぁるいしあわせ」「ID-0」「ブブキ・ブランキ」「モンストアニメ」「彼女と彼女の猫-Everything Flows-」「ウルトラスーパーアニメタイム」「翠星のガルガンティア」「輪廻のラグランジェ」など。
2019年4月1日より、株式会社グラフィニカの取締役に就任。
Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田充
LOCATION : 東映アニメーション

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