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INTERVIEW インタビュー

3DCGの夜明け
日本のフルCGアニメの未来を探る〜

【第24回/2016年3月号】
安生健一氏(オー・エル・エム・デジタル 取締役 R&Dスーパーバイザー)

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。今回は、オー・エル・エム・デジタル(以下 OLM Digital)の取締役でありR&Dスーパーバイザーの安生健一氏にご登場いただく。CG開発のことから映像数学についてまで語ってもらった。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
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CG部門がないところから、『SPAWN』を作るまで

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):安生さんが最初にCGの研究に携わられたのは、日立製作所に就職をされてからだったそうですが、当時のお仕事の状況について聞かせていただけますか?

安生健一(以下、安生)私が日立製作所の研究所に入ったのは1982年で、機械製品のCADやシミュレーションの可視化を行っている映像寄りの部署でした。私は数学屋だったので数値解析をメインにやるんだろうなと思っていたのですが、そこでは数学云々よりも物理を知っている方が大事だったんです。それで物理を勉強し始めるのもいいのですが、時間がかかるなぁと思っていたら、たまたま当時の研究所の上司が、坂根巌夫さん(※1)が当時朝日新聞にお書きになった、フラクタルで自然現象とか山とか月面クレーターとかを描くという記事を持ってこられて、「安生くん、これをどうやるか考えてみて」という話を振られました(笑)。会社としても、これは将来役に立つんじゃないかということで話が進み、その仕事をすることになったんです。当時はまだCG部門なんてなかった頃で、まだ大村皓一さんがLINKS-1(※2)をやっている頃の話です。日立の研究所でも、未来的な研究をしようというテーマのひとつとしてCGを掲げ、それで私もフラクタル関係の論文を出したりしていました。

※1:坂根巌夫
情報科学芸術大学院大学・学長。東京大学建築科卒・同修士。朝日新聞入社後、科学部・学芸部記者などを務めた後、編集委員に。慶應義塾大学環境情報学部教授などを経て、2001年より現職。1980年代よりメディアアートの研究を進める。

※2:LINKS-1
1982年、大阪大学工学部電子工学科の大村皓一助教授らが中心となり、並列処理によるグラフィック・プロセッサ "LINKS-1" を開発。その後、トーヨーリンクスにおいて、レイ・トレーシングの制作能力を大きく向上させた "LINKS-2" システムが開発された(参考:『コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション』 大口孝之 著/フィルムアート社)

野口:そこからCGを始めて群衆シミュレーションまでいくわけですか?

安生:そうです。私は茨城の日立研究所にいましたが、国分寺の中央研究所とデザイン研究所のCG部隊を加えて、人間をテーマにしたプロジェクトをやっていました。それが1988年から92年くらいのことです。群衆シミュレーションはこのプロジェクトの中で取り組み始めました。

野口:その頃に松木靖明(※3)さんと出会い『SPAWN THE MOVIE』に繋がるのですか?

安生:そうですね。彼は熱心にSIGGRAPHなどに参加していました。そこで日本でもCGをやっている人がいるんだと思ったらしく『SPAWN THE MOVIE』のときに声をかけてくれました。

※3:松木靖明
株式会社アマナ 新事業領域開発室 室長 / テクニカルスーパーバイザー / CGアーティスト、VFXスーパーバイザー。NHKエンタープライズのCGルームディレクターを経て、1994年にCGプロダクション・アイデンティファイを設立。97年、同社がCG制作に参加したハリウッド映画『SPAWN THE MOVIE』が公開。CG技術黎明期よりNHK大河ドラマ『北条時宗』などのCGを制作。他にも有名アーティストのミュージッククリップを数多く制作。2015年12月より現職。

野口:また、その頃にNHKの大河ドラマのお仕事もされていますが、どのような内容でしたか?

安生:97年の大河ドラマ『毛利元就』で、船にたくさんの人を乗せて岸に乗り付けるシーンなどを作りましたね。

野口:その後OLM Digitalでは、何をまず開発されたのですか?

安生:98年頃は、私はまだ日立に所属していましたが、『ポケモン』のイベント映像でポケモンの群衆をCGでやってみたいという話をいただきました。これが OLM Digital に参画するきっかけとなりました。

公開したオープンツールがアニメ業界スタンダードに

野口:90年代までのCG制作現場ではまだ開発ありきだったと思うんです。JCGL(※4)、トーヨーリンクス、ポリゴン・ピクチュアズ、オムニバス・ジャパンなどがありました。ただ現在でも開発部門を継続的に持っているのはOLM Digitalくらいですよね。それでいて、開発されている技術は現場が欲しいものばかりなんですよね。率直な質問ですが、何故それができるのでしょうか?

安生:(笑)。確かに論文志向の技術開発はしていませんね。自社開発ツールはいろいろあります。たとえばMAYAにはたくさんの機能がありますが、それを使いこなすだけでも相当なことで、全部使いこなすデザイナーはなかなかいません。だから、そうした既存ツールになくて、現場で欲しそうな新機能を開発しています。もちろん直近で制作する作品ごとの特殊性も、ある程度考慮して開発します。たとえば、ポリゴンにセルアニメのような陰影をつけるツールで、一度トゥーンシェーダーをセッティングした後に3D画面上でペイントして再調整できるツールを作りました。現場の人からの要望に合わせて、既存機能に新しい要素を付け加えていくことも多いですね。

※4:JCGL
ジャパン・コンピュータ・グラフィックス・ラボ。金子満が1981年に日本最初の商業CGスタジオとして設立。1988年3月解散。

野口:OLM Smoother(※5)も開発されてますよね。

安生:そうですね。

野口:無料で配布されているので、みんな重宝しています。

安生:アニメ業界スタンダードになっていますね。我々の技術はある程度までは必要に応じてオープンにしていくという方針です。ただツールメーカーではないので、オープンツールはサポートまではできませんが、よろしければご活用ください、ということで出しています。

※5:OLM Smoother
原画をスキャンした際に発生する線のギザギザをブラーをかけずにスムージングするツール。
OLM Digital R&Dにて配布中。
※ツール OLM Digital R&D
http://olm.co.jp/rd/technology/tools/

野口:今はセルアニメ用に使用するCGのツールが多くなってきてませんか?

安生:そうですね。

野口:パースマップ関連もそうですが、トゥーンシェーディングに対してのツールとか。

安生:技術的にはそういうところが日本っぽい課題になっていると感じます。ただ、ツールとしての意味でいうとどれくらいのユーザーというか、広がりが出てくるのかちょっと分からないですが。

野口:現場からオーダーがあるから開発をされているわけですよね?

安生:そうですね。例えば、アウトラインの太さの制御とかも当然出てきますし、アニメっぽい3DCGのための技術は今、かなり要望があるので、それに向けての技術開発も進めています。

野口:安生さんは、画像解析か3Dか群衆か、ご自身としてはどれが一番の得意分野になるのでしょうか?

安生:いろんなことをやってきたから、こだわりはないです。ただ、流体など複雑な現象を扱うためのCG技術になってくると、それまでに経験のないような新しい手法などを、改めて勉強をする必要が出てきます。その意味でCREST(※6)で数学者と組んできたこの5年間の経験は自分にも良かったと思いますね。

※6 CREST「デジタル映像数学の構築と表現技術の革新」プロジェクト
https://olm.co.jp/rd/aboutus/project/

野口:数学を研究されている方と一緒にCG開発を行っているということですか?

安生:そんな感じですね。どちらかというと数学者の方々がCGに興味を持ってくれています。SIGGRAPHなどで海外の研究チームをみていると、数学系の人がどんどんCGに入っているので、日本でも同様な状況になってきてほしいですね。アメリカでは産業界と大学の関係が密ですよね。若い時に企業で課題をもらい、博士になって大学に戻るような研究者も多いですね。企業と大学が一緒に研究するスタイルは、国ごとに異なりますが、それは国ごとに異なる固有の文化だと思うんです。

野口:日本のCG研究では、現在ゲームのリアルタイムエンジンの開発が盛んなイメージですが。そのあたりいかがですか?

安生:ソニー・コンピュータエンターテイメントやスクウェア・エニックスの方々とも交流があります。SIGGRAPHやGDCの話をしつつ時々議論しています。そして良い映像を世界の舞台で見せたいと思うと、やっぱりSIGGRAPHに出したいとなりますよね。

野口:ピクサーで研究開発されている手島孝人さんもナムコ(現・バンダイナムコゲームス)の開発者でしたよね。

安生:技術屋さんという意味ではゲーム業界の方が圧倒的に多いですね。

野口:手島さんが例えばとして「アニメーションは簡単な素体モデルで行い、それに1枚キャラクタのイラストを提供するとその素体モデルの動きに合わせて映像を生成するようなツールが面白いのではないか」と言われています。つまり、トゥーンシェーディングしてアニメーションするというやり方ではなく、原画を自動で中割りをしていく手法の1つのアイデアだと思うのですが。

安生:それは一番難しいんじゃないかな。1979年のSIGGRAPHで『フリントストーン』という石器時代の家族のアニメを作っているハンマースタジオが論文を出していて、その内容が「データベースを作って効率よく2Dアニメを作る」というものでした。キャラクタの部品ごとのバンクみたいなものを作って効率化しましょうと。もちろん論文として発表しただけで、残念ながら実用化まではいたりませんでした。しかしCG発展のための最初の挑戦として、自動中割技術の開発があったんです。これは現在でも難しい課題ですね。

野口:東映アニメーションも以前に開発したことがあったそうなんですけど。

安生:今もありますよね。Toon Boomとか、他にも何社か研究開発していますよね。それこそディープラーニング(※7)したらできるのかもしれないけど(笑)。今、AI大流行ですよね。

野口:そういう研究もされているんですか?

安生:先ほど述べたCRESTプロジェクトの画像処理系メンバーの何人かでディープラーニングを勉強しています。そのあたりから、例えば流体表現の効率的なCG生成をディープラーニングに基づいて解決する方向などを模索しています。

※7:ディープラーニング:システムがデータの特徴を学習して事象の認識や分類を行う「機械学習」の手法 https://www.nttcom.co.jp/research/keyword/dl/

野口:現在、CG研究に大きなテーマが何か残されているのでしょうか? 『アーロと少年』(2015)において雲の表現も格段に向上していますし、背景はリアルにしか見えない状況にまでなっていますが。

安生:『アーロと少年』でも、流体シミュレーションをものすごく使っていましたね。1フレームのレンダリングに4時間かけるとか、それだけ時間をかけてやれるということでしょう。これに対抗してということではないですが、我々が必要と考える技術は、たとえば、リアルな煙の表現のために、流体シミュレーションのパラメータを調整するのではなくて、画面上で煙の向きの絵を描いたら、それに合わせて勝手に煙が向いてくれることを実現する方法などです。つまり、演出意図が直感的かつ簡単な操作だけで実現できるようなソフトウェアの開発を進めています。これを私はディレクタビリティの実現であると考えています。これらの手法により、試行錯誤を何度もできるし、短時間でクオリティが上がるようになると考えています。

「映像数学」の未来

野口:話は戻りますが、作品に紐付いた開発は何%くらいあるのでしょうか?

安生:今は多いですよ。元の問題定義は現場から来ているのがほとんどですね。たとえば、レンガ壁や石畳のパターンを作るには、いちいち組み上げるのでは大変ですし、どう効率化すれば良いのかとか、破壊して粉々になる時の表面のテクスチャはどうするかといった問題は、全部現場から来ているテーマです。これに対する解答として、テクスチャ生成技術を開発しています。問題の指向とか性質が、SIGGRAPHなどでいろいろな人と共有するものなのか、本当に現場で必要な問題かだけの違いです。ツールとして作っているものはすべて現場で話して出てきたテーマで、我々が独自に想像したわけではありません。

野口:日本のアニメ制作において「今、こんなのがほしいんだけど」といった急な要望が出てくることもありますが、そういった要望に対しても対応しているのでしょうか?

安生:もちろんしています。ただ、たとえばさっきの流体の話とか雲のレンダリングとかは昔から要望があって、いろいろなものを組み合わせてできそうになったら現場に出しますけども、それまではひたすらサブプロジェクトとして研究開発を進めます。基本的なツールを上手く使いこなすUIだったり、違うソフトを繋ぐコンバーターなどは即対応しながら作ります。その他にテスト的に開発したものを監督に見せたりしますと「今度はこういうのできない?」って話になり、それがまた次の研究開発テーマに繋がることもあります。そういうのが楽しいですね。私は論文を書くのも嫌いじゃないですけど、それよりも技術ってやっぱり使ってもらわないといけないと考えています。CG分野は応用分野だと思うので、使えるものを出すというのが重要だと思いますよね。

野口:最後に、安生さんが論文で書かれていたデジタル映像数学についてお聞ききしたいのですが、これはどういうものでしょうか? 「CGを豊かにする数学」だと思うのですが、数学を使ってCGを表現することの逆ということですか?

安生:OLM Digitalという会社の意味で言えば、数学からいろんなものを吸収して新しいツールを作ることを意味します。先程のディレクタビリティを持っている技術を作るというのは、単に物理の問題を解くのとは異なるものですよね。UIの問題でもあるし、ラーニングしないといけない場合もあるし、もうちょっと抽象的なプロセスを上手く採り入れて、ディレクタビリティを実現するという意味での数学が必要です。そしてディレクタビリティをもっと直感的な方法で作りやすくするにはどうすればいいか、と考えた時に、まじめに突き詰めると脳科学の方にまで行くわけです。「人間がリアルと思うこと」と、物理の意味のリアルは違うんですね。特に映像はカメラアングルや演出が入り、静止画像の“認識”では不十分です。そこではいわゆる物理とか自然科学だけでは対応できなくなります。そういうことを気にしないで気軽についてきてくださるのは数学の人かなと思うわけです。なぜかというと、数学の人は新しいよく分からないものに構造を入れるとか、定義をするとか数値化するといったことができる人たちだからです。そういうことを考えるのが「映像数学」の狙いです。

野口:現在はバーチャル技術が盛んになっていると思うのですが、2Dのフラットだったものがバーチャルになってくるともっとそういったものが必要になりますよね?

安生:なりますね。たとえば入力と出力の関係を学習することや、その学習結果をうまく引き出すUI技術を提供することで効率化に貢献する。つまり必要最小限な計算がある程度、近似でいいから分かれば小さなコンピュータでもけっこういい絵が出せることになりますよね。それをどこまで科学というのか「映像数学」として行えるのかは、次の世代にお任せします。僕の遺言みたいになってしまいますが(笑)。

野口:これからの研究は映像数学の方向がありつつ、ツールの開発もあるということですか?

安生:もちろん。その意味ではもうちょっといろいろな種類の研究者や技術者が増えるといいですね。どの分野でも、海外と比べて言えるのは、日本の場合は層が薄いというか、離散的です。いろんなタイプの人がいないと世の中発展しないと思うんですよね。たとえば基礎的な開発についても、数学者とCG研究者やエンジニアが一緒にやればいいなと思っています。別に数学の人にCGをやれとか、CGの人に数学をやれといったように入れ替わる必要はないので、一緒に話をする場を持つということが、CG技術や応用の発展には特に必要だと思います。R&Dは要らないんじゃないかという会社もありますし、持てないところもあります。ある作品にのみ使えるようなツールを短期間で作るのはTDの仕事です。技術的に深くなっていく部分や一般化する部分を意識しつつ進めることがR&Dの役割だと思います。R&Dの活動を通して、国内外との交流を深め、世界に通じる質の高い映像作りに貢献したいですね。

野口:日本国内だけでなく海外でもいろいろな交流の場に出ていかないといけないですね。今日はどうもありがとうございました。

KEN ANJYO
OLM Digital 取締役 研究開発部門(R&D)スーパーバイザー
映像制作技術の研究・開発、および映像制作現場における実用化を推進している。
SIGGRAPH コンピュータアニメーションフェスティバル審査員(2014,2015)、Digital Production Symposium(DigiPro)の創設(2012-),SIGGRAPH ASIA 2015 Course Co-Chairをはじめ、さまざまな国際委員メンバーとして活動している。米国・VES(Visual Effects Society)会員。
http://olm.co.jp/rd/anjyo/
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INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田 充
LOCATION : OLM Digital R&D

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