ノエミのバディになってから、初めての夏。
いつも涼しげなノエミも、レッスンが終わると、さすがにうっすらと汗を浮かべている。
- ノエミ
- 「あの……明後日のこと……」
無口なノエミが、明後日に控えた臨海学校のことをよく口にする。
表情には出さないが、楽しみにしているのだろう。
- ノエミ
- 「持っていくものリスト、じいやに作ってもらったから……バディさんが、チェックを……」
リストには日傘や長靴、乾パン、AED、その他サバイバルキットまで記されている。
じいやさんは随分と心配性のようだが、想ってくれている証拠だ。
決して一人じゃないと気付いてから、ノエミは少しずつ変わりかけている。
- ノエミ
- 「……何か、他には?」
*
そして当日、学院の生徒を乗せたバスは、海辺の旅館に到着した。
- ノエミ
- 「海……」
- 十萌
- 「夕方まであんまり時間が無いですから、みんな、早めに帰って来るんですよ〜」
ノエミがこちらを見つめながら、服の裾を引いてくる。
さっそく、辺りを見に出かけたいようだ。
足跡を残しながら波打ち際を散歩し、近くの商店街へ。
ノエミの美貌はたちまち人目をひきつけ、商店街にお姫さまが来たという噂が広まる。
「素敵なカップルだねえ」というささやき声が聞こえると、何だか恥ずかしくなって、二人して赤くなってしまうのだった。
その夜、旅館の大広間での夕食の席で――
- 学院長
- 「うぉっほん。皆、楽しそうじゃな。だが、食べるのはワシの話を聞いてからじゃ」
学院長先生が、マイクを持って話し出す。
- 学院長
- 「こうして毎年行なっている臨海学校じゃが、バディの親睦を深めることだけが目的ではない。スターとは、全国の人々に笑顔をもたらして初めて認められる称号。学院から離れたこの土地の方々と交流し、人の喜びとは何なのかを感じ取るのじゃ。最終日には、地元の皆さんにも審査に加わってもらって、真夏のスターグランプリを行う。学んだ成果をしかと見せよ。以上! 何か質問は?」
- ノエミ
- 「あの……想い出……作れるでしょうか」
- 学院長
- 「それはキミ次第じゃよ、柏木君」
*
レッスンの合間に、商店街で開かれる漁協主催のノド自慢大会に出演することになった。
最初は閑散としていたが、ノエミが天使の歌声を披露すると、たちまち人だかりが出来ていく。
最後は大盛況になって、歌い終えたノエミには、大きな声援と拍手がおくられていた。
- 漁協の組合長
- 「いや〜、ほんとにありがとよ。みんな喜んでるし、おかげで辺りの店も大繁盛だ! お礼と言っちゃなんだが、こいつをもらってやってくれ」
抱えきれないほどの海の幸やお菓子や心からの賞賛に、ノエミは目を白黒させている。
- 漁協の組合長
- 「真夏のスターグランプリってのもやるんだってな? こんなにすごい歌手なら、優勝間違いなしだ。独特のオーラってやつもあるからな。きっとたくさんの人が来てくれるぜ!」
夜――
- 学院長
- 「二日目はどうじゃったかな? 土地の方々と交流しておる者もおるようで、ワシとしては嬉しいかぎりじゃ。与えられるレッスンにひたすら打ち込むのも、悪いとは言わん。しかし、新しい出会いを求めて勇気を出して飛び出していくことが、自らの力で運命を切り開いていくことにつながるのじゃ」
- ノエミ
- 「私の……運命……」
- 学院長
- 「さて、明日の夜はクラス対抗のかくし芸大会じゃ。一同、とっておきのネタの準備は出来ておるかな?」
食事の後、皆が思い思いに過ごす中、
- 光貴
- 「やあ、ノエミ。こんな所にいたのか」
ノエミは、現れた光貴に眉をひそめる。
- 光貴
- 「なあ、僕の婚約者を変な所に連れ回さないでくれるか? まるで誘拐犯のような……」
- ファルセット
- 「誘拐防止に、ノエミ様のハンドバッグには、発信機を取り付けさせていただいております。光貴様は御自身がストーカーであることは否定されているものの、99.6%の確率で……」
- 光貴
- 「余計なことは言わんでいい!」
ノエミはハンドバッグの発信器を取り外してファルセットに返すと、無言で立ち去っていった。
翌日、二人でビーチを歩きながら、かくし芸大会に向けた詰めをしていると、
- エリス
- 「ノエミさ〜ん! ねえねえ、一緒に泳ごうよ!」
エリスといる時、ノエミはいつも自然な微笑みを浮かべている。
- エリス
- 「あのねあのね、明日は雨になるかもだから、今日のうちから遊んでおこうってなったんだ。台風がぐいーんって、こっちに曲がってきてるんだって! なにも、こっちに来なくたっていいのにねえ」
- ノエミ
- 「……台風……」
- エリス
- 「そうだ! 今晩、一緒にテルテルボウズ作ろうよ! いいでしょ?」
- ノエミ
- 「ふふっ……そうね」
エリスが去っていくと、入れ替わりに上保光貴が現れた。
- 光貴
- 「やあノエミ、また会えたな。これも運命だと思わないか?」
- ノエミ
- 「……」
- 光貴
- 「今晩はかくし芸大会だろう? デリカシーの欠片も無いような芸なんて、本当はしたくないんじゃないのか?」
- ノエミ
- 「……」
- 光貴
- 「下品なお笑い出し物など、君にはふさわしくない。特別に観覧席を用意するから、そちらに来たまえ。僕は懐が深いからね、特別にバディとやらの席も用意してあげよう。ただし、窓の外の地べたにだがね!」
- ノエミ
- 「……」
- 光貴
- 「何だ、その憐れむような目は」
ノエミは背を向けると、一言もなく去っていった。
そして、かくし芸大会本番――
いつものキャラクターとのギャップもあってか、ノエミのお笑いは意外にも大受け!
披露を終えてぺこりとお辞儀をすると、大きな拍手が起きた。
- 光貴
- 「あ、あのノエミが、「私の耳がでっかくなってしまいました」だと……? 思わず笑ってしまったじゃないか……」
と、突然、辺りが真っ暗になった!
停電だ!
明かりはなかなか復旧せず、皆が不安そうにざわつき始める。
すると何を思ったか、ノエミが闇の中で立ち上がって歌いはじめた。
- 学生A
- 「綺麗で、優しい歌声……」
- 学生B
- 「嵐の音が気にならなくなって、不安も溶けていくみたい……」
歌が終わった瞬間、明かりが戻る。
ひとり立っているノエミに、かくし芸以上の大喝采がおくられる!
- ノエミ
- 「あの……アーケードの方から、たくさんお土産をいただいたから…みんなで食べて。先生も、仲居さんも……仲良く楽しんでる間に、嵐も……晴れると思うから……」
そうして、ノエミが皆の不安を晴らしてしまった。
たくさん喋ったことで恥ずかしがっているノエミを褒めると、照れながらも、とても嬉しそうにしていた。
嵐の夜の停電は、かえって良い想い出になったのだった。
*
翌日、幸いにも台風は予報されていたコースから大きくそれてくれた。
ノエミと出かけようとすると、
- 旅館の女将
- 「あら、あなたたちは……昨日は私達にもおすそ分け、ありがとうございました」
- ノエミ
- 「いえ……」
- 旅館の女将
- 「すっかり晴れて良かったですわね。これなら今夜あたり、渚の奇跡をご覧になれるかもしれません」
- ノエミ
- 「……奇跡?」
- 旅館の女将
- 「私も、子供の頃に一度しか見た事が無いんですけど……浜辺の波打ち際がね、それはそれはキレイに輝くんです。昔から、雨上がりの夜に現れて、幸せをもたらすと伝えられてるんですよ」
そしていよいよ、真夏のスターグランプリ本番――
- ノエミ
- 「最後……私の出番……」
ノエミの緊張を和らげるために手を握ってあげていると、
――ガコンッ!
突然イヤな音がして、ステージの照明がダウンした!
- 光貴
- 「おやおや、ついてないねえ、こんな時に発電機が故障するとは。昨日の停電といい、疫病神でも近くにいるんじゃないか?」
- ノエミ
- 「まさか、あなたが……」
グランプリの進行も中断。
観客の中には、早くも不平をこぼし始める者も出てきている。
どうすればいい……思わず歯がみした、その時だった。
- 観客A
- 「あれ? 気のせいかな? 波打ち際で何か光って……ほら、まただ!」
- 観客B
- 「あの光は……奇跡……渚の奇跡だ!」
暗闇の中、波打ち際が言葉にできないほど神秘的な光を放っているのだ!
- ノエミ
- 「夜光虫……」
ノエミはステージから降りると、観客が見守る中、波打ち際へと歩いてゆく……!
グランプリが終わってからも、ノエミはずっと幸せそうに微笑んでいる。
- ノエミ
- 「……楽しかった……」
夜光虫の波打ち際に足首まで浸しながら、ノエミは歌った。
奇跡の光が幻想的に照らし出すステージは、圧倒的な支持を得て、見事グランプリに輝いたのだ。
今はステージの片付けも終わり、二人、静かな浜辺で星空を眺めている。
- ノエミ
- 「……」
グランプリの賞品は、記念のリング。
リングに触れながら、ノエミは言った。
- ノエミ
- 「星も海も……世界が美しいと気付けたのは、バディさんのおかげです」
無意識にリングをはめたのは、左手の薬指。
そのことに気付くと、ノエミはハッと恥ずかしそうに手を体の後ろに隠した。
- ノエミ
- 「でも……この臨海学校の事は、最高の想い出にはなりません」
今まで見たことのない笑顔で、ノエミは言うのだった。
- ノエミ
- 「だって、最高の想い出は、これから作っていくんですから」
ノエミ 臨海学校編・おわり