真夜は一週間後、光貴との対決に向けた決意のほどを聞かせてくれるという。
それまでの間、ゲームの中で「黒魔導師クランリアーナ」と親しくなり、勇気づけてあげることができるかもしれない。
- クランリアーナ
- 『そこの旅人さん、加勢するわ! エターナル・フォース・メガフレア!』
さっそくモンスターに襲われていたところを、真夜が助けてくれた。
- クランリアーナ
- 『よかった、無事ね。あなた初心者さんでしょ? はじまりの森だからって、油断してたら危険よ。結構強いモンスターも出てくるんだから』
こちらの正体には気付いていないようだ。
キーボードでお礼を打ち込むと、
- クランリアーナ
- 『お礼なんていいわ。どんな強敵を前にしても、どんな困難に直面しても、決して逃げない。それが……』
- 真夜
- 「黒魔導師の、誇りだから……」
*
ゲームの中のイベントで、20人もの仲間を集め、テュポーンドラゴンという強敵に挑むことになった。
ここでも黒魔導師クランリアーナが積極的に手を貸してくれたおかげで、見事にイベントを成功させることが出来た。
- クランリアーナ
- 『どう? 初心者さん。いえ、もう相棒と言った方がいいかしら。誇り高き黒魔導師は、迷える者を見捨てることは決してしないの。これからも私を信じて。信じていつでも背中を預けられる、それが相棒ってやつじゃない』
そう、真夜は誇り高き黒魔導師。今は信じて待つのだ。
そうして、一週間が過ぎた——
*
学院の裏山に、大きな菩提樹がある。
戦う覚悟が決まったら樹の下に来てくれと、真夜と約束していた。
もうすぐ約束の時間だが、真夜の姿は見えない。
やはり来ないのだろうか……そう思った瞬間、
——ガサガサッ!
- 真夜
- 「あっ、あわわっ! ヘ、ヘビ!」
茂みから真夜が飛び出してきた!
- 真夜
- 「……ハッ! ククククク……来たか、我と共に戦うために……わ、笑うなっ! は、早めに来て、隠れてたとかないからっ! ほ、誇り高き黒魔導士は、まよ、迷える者を、み、見捨てることは決してしないのだ!」
来てくれてありがとうとお礼を言うと、
- 真夜
- 「ふぇ? わわわ、私は、べ、別にっ……!」
この時を境に、真夜は以前よりずっと楽に話せるようになっていった。
レッスンにも熱心に取り組んでいる。
真夜には演技の才能がある。何とかして、それを伸ばしてあげたい。
- 真夜
- 「……」
- 十萌
- 「真夜ちゃん、そのポスター、気になるのですか?」
- 真夜
- 「べべ、別に…!」
- 十萌
- 「新作ゲームの主演をかけた公開オーディション、真夜ちゃんならぴったりだと思ってたのです。はい、台本。ちゃんと読んでおいてくださいね」
- 真夜
- 「ちょ、ちょっと……!」
- 十萌
- 「エントリーも、任せてくださいなのです!」
最初は戸惑っていたものの、真夜はオーディションに向けてやる気充分だ。
ゲームの中でも、台本に自己流のアレンジを加えて登場人物になりきっている。
- クランリアーナ
- 『ソサエティ・ギア、フルスロットル! この鞭の嵐を受けた者は、身が粉になるまで私のために働き続けるのだ! フーハハハハハ!』
オーディションの前日、事件は起きた。
- 真夜
- 「……? な、無い! 台本……確かにここに置いたのに……」
- 光貴
- 「オタク女、探しものか? まあ、ボクには関係ないが……明日のステージ、何があっても逃げずに出てこいよ」
- ファルセット
- 「よろしければ、レーダーでお探ししますが?」
- 光貴
- 「ファルセット! その必要はない、行くぞ!」
もちろん、真夜は逃げずにステージに現れた。
まるで登場人物が乗り移ったかのような真夜のアフレコに、観客席は異様な熱気に包まれる。
- 真夜
- 「ソサエティ・ギア、フルスロットル! この鞭の嵐を受けた者は、身が粉になるまで私のために働き続けるのだ!」
- 十萌
- 「真夜ちゃん、すごい……」
- 真夜
- 「(バディが用意してくれた代わりの台本、ゲームの中で私がなりきってたのと同じ言い回しに直されてる……もしかして、あの初心者さんって……)」
*
- 光貴
- 「ちっ、一次オーディションは、あいつらも合格か」
- ファルセット
- 「最終確認です、本当によろしいのですね?」
- 光貴
- 「もちろんだ。オタク女が最終オーディションに参加するどころか、部屋からも二度と出られないようにしてやる」
- ファルセット
- 「それでは……」
*
- 生徒A
- 「ほら、あいつだよ、あいつ……」
- 生徒B
- 「あ、そうなんだ……」
真夜と学院の中を歩いていると、すれ違う人すれ違う人がみんな、ひそひそと噂話をしてくる。
どうしたんだろうと不思議に思っていると、
- 十萌
- 「たたたた大変です、真夜ちゃん! 真夜ちゃんの個人情報が流出してるんです!」
十萌さんがスマートフォンで見せてくれた掲示板を見て、真夜は真っ青になっている。
- 十萌
- 「いったい、どうして……」
- 真夜
- 「ば、バディ……」
- 十萌
- 「?」
- 真夜
- 「さ、最初に一度、バディは私の、スマホを見てるし……ゲームの中でしたみたいに、もしかして、こっそり……」
- 十萌
- 「そんな……あ、真夜ちゃん! 待ってください、真夜ちゃん!」
真夜は走り去っていってしまった。
*
そして、最終オーディションの日。
真夜が主演のミュージカルを上演する予定なのだが、開演の時刻が近づいても姿を見せない。
このまま信じて待つしかない。
それが今、相棒に出来るただ一つのことなのだ。
刻一刻と時は過ぎ、主演の姿がステージにないまま音楽が流れはじめる。
もうダメかと思ったその時——
うつむいていた観客の一人が立ち上がり、上着を脱ぎ去った!
- 真夜
- 「待たせたな! 上保光貴よ、偉大なる黒魔導師クランリアーナに小細工は通用しない! 聞くがいい、漆黒の歌を! 震えるがいい、純然たる闇のミュージカルに!」
客席は総立ちとなり、熱狂の渦に飲み込まれる。
そして——
- 司会
- 「グランプリは篠之森真夜さん!」
- 光貴
- 「くっ……覚えていろ。いつか必ず、お前達から何もかも奪って叩き潰してやる」
- 真夜
- 「個人情報流出の件、やはり貴様が黒幕だったようだな」
- ファルセット
- 「否定はしません」
- 真夜
- 「フッ、何度でもかかって来い。その度に退けてくれよう。この黒魔導師クランリアーナは負けはせぬ。輪廻の絆で結ばれた、我がバディがいる限りはな!」
*
【件名:すまなかった】
本文:本番まで姿を隠していて。でも、ああするしかなかった。妨害工作が今度こそ成功しているように見せかけないと、次は何をしてくるか分かったものじゃなかったし。それに……。
- 真夜
- 「ぜ、絶対、待っててくれると、思ったから……」
真夜も最初から、信じていてくれたのだ。
- 真夜
- 「だって、ししし、信じて、い、いつでも、背中を預けられる……それが……」
相棒ってやつ。
- 真夜
- 「ち、誓えっ! この先もクランリアーナの名にかけて、裏切ることはないと!」
何だか告白のようにも聞こえるが、今は気にしないでおこう。
二人の間にはもう、輪廻の縁以上の絆が生まれている。
篠之森真夜 編・おわり